旅立ちの朝

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 見えるはずなのに、何も見えない。目など開いていてもムダだと悟った。音と、手足の感触やにおいがたよりである。  手探りで歩く。下草が足をこする。かなでに驚いたらしい。露をはねらかして、草がざわめく。冷たい雫が肌に飛んでくる。  まずは森を抜けだして、街道に出よう。『村』のほうに行ってはダメ。都についてしまう。都は、あぶない。  指先にふれた幹に手をついた。ここが森の切れ目。教えられて、顔をあげる。  どこまでも、茫洋とした白。ひやりと肌がぬれる。強い風に追いやられて、白い闇は何枚ものうすぎぬのようになって、順々にめくれて、むこうへとばされていく。地面が蒼くなる。草原がかいま見える。うっすらと、街道らしきものが視界を左右につらぬいているのがみえる。  音がした。  車輪が鳴っている。ひどく急いでいる。まるで、逃げてくるみたいだ。  馬車。思ったら、からだがこわばった。つかまる。つかまってしまう。  動けなくなって、幹にしがみつく。  疾走する馬車の音にまぎれて、遠くで低く高く金物が響く。  大柄な男が街道にとびだした。かなでに気がつくようすはない。そこに居てはいずれ轢かれてしまう。はらはらと気をもんだが、男は悠然としている。馬車を待っているようだ。  黒い塗りの箱馬車がうすぎぬのような霧をつきやぶった。屋根の端に掲げられた燈籠が弱々しい光を放っている。記憶のなかの馬車、そのものだった。  御者は、男に目もくれない!  かなでは声にならない悲鳴をあげて目をつぶり、幹に顔をふせた。  耳もふさぎたい心地だった。
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