旅立ちの朝

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 少年だった。細身だが、たよりなさはない。かなでより頭ひとつは背が高いだろう。年齢もうえにみえる。  目があった。黒い目がかなでをとらえる。視線が、逃げろと強く叫んでいる。男がいまにも彼の肩をつかもうとする。  かなでは大声をあげていた。 「こちらへ!」  森にかけこみながら、首だけでふりかえり、追いついてきた手をとる。一瞬、目が合って、すぐにふたり、前だけをみつめた。  木の根をとびこえ、下草を蹴る。森になれたかなでに負けず劣らず、少年は軽やかな足取りでついてくる。  男の手がかすめたらしい。びくりとして、少年の足が速くなった。引きずられるほどだ。かなでは脇にそれていこうとする少年を引き留め、ざくろの森を指さした。  境がみえる。水鏡のような境界にほんのいっとき、自分たちの姿が映りこむ。  膜に手をさしいれるも、反発が強い。吉祥樹は、もう起きかけているのか。 「待て!」  声とともに髪をひとふさ、つかまれた。悲鳴をあげる。少年がふりむく。 「吉祥樹! このひとを中にいれてっ、お願いだから!」  懇願したとたん、膜がふわりとゆるんだ。少年が意を決したように膜にからだを入れ、かなでの腰を抱きよせる。髪ごと腕までひきずられたが、膜がむりやり男の手をひきはがした。  少年のうえに倒れこんで、外を確かめる。透明な膜のあちら側、男がわめいているのがわかる。だが、その声も姿も、しばらくの後にはなくなった。森が閉じたのだ。  ひと安心して深く息をついたかなでの耳に、低いうめき声が届いたのは、それからすぐのことだった。
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