旅立ちの朝

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 少年がうめいていた。下敷きにしたからだ。 「ご、ごめんなさいごめんなさいっ。いまどきます、すぐどきますから!」  転がりおりると、少年は地面に上半身をうつぶせた。片手にふれた草をにぎる。その手の甲に、脂汗がたれていた。汗をかいた顔は青い。目はかたくとじられ、眉はよせられ、いかにも苦痛をこらえるふうだ。  草が引きちぎられそうになっているのをやんわりと抑え、代わりに自分の手を握らせる。失礼を承知で、こころを覗く。二、三秒でじゅうぶんだった。かなではひきつる熱い痛みに荒く息を継いで、少年の背をたしかめた。  服にひとすじ、斜めの裂け目が走っていた。裂け目の周囲がじんわりと血の色に染まっていく。 「だいじょうぶよ、深い傷じゃないから。これくらいなら、きっとすぐにふさがる」  励まして、肩を貸す。重みを支えて、よろよろと立ちあがる。  内心はひどく焦っていた。大けがの手当など、したことがない。いつも見るのはひっかき傷程度だ。しかも、それも自分で腕やら膝頭やらにこさえたものだけである。 「……ここは?」 「ざくろの森です。外のひとは、聖域とも呼びますけど」 「さっきの、壁は?」  話すのは傷にさわるのではと思ったが、家へ導きながら顔色を見たところ、逆のようだった。視線はうつろだった。内容など、どうでもよいに違いない。話すことで痛みをなんとか紛らせているのだ。  少年が楽になるようにと、答えを整理する。 「玉依姫候補以外は、許されなければ入れないの。森は吉祥樹のものだし、吉祥樹を守るための森でもあります。自分に危害を加えるひとかどうかを見極めるんでしょう。あの『壁』で」  段差を乗り越える気力はなさそうだ。遠まわりして、根気よく上へと登っていく。少年の息が乱れる。  自分まで痛みで倒れないように、かなではこころを閉ざした。ややもすれば入りこんでこようとする感覚をたんねんに選り分け、退ける。 「僕は、許されたんだ」  疑問、だろうか。迷いながらも、できるかぎりのほがらかな声をだす。 「そう。あなたは気に入られたの」  少年が身じろいだ。片腕をふところにおさめる。 「……?」  何か、隠した。 追われていたのは、それのせいなのだろう。  わかったけれど、追及はしなかった。
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