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たわいもないことを次々に舌にのせる。いつしか、すっかり息があがっていた。細身とはいえ、ひとのからだは重たいものだ。
腕を担ぎなおす。根を足がかりにして、一所懸命に斜面をひきあげる。
陽光が横合いから射す。しんとした朝の空気がからだになじむ。今日は、あじわうこともできないはずだったのに。
変なの。おかしくなって、木々に呼びかけてみる。出がけにはあいさつもしてくれなかった彼らに口々に励まされる。
休憩したいと言われて手を離すと、少年はその場にへたりこみ、立てた膝に顔をふせた。肩が大きく上下する。服の背中に血が滲み、ひろがっていた。思っていたよりも深かったのか、それとも歩かせたのがよくなかったか。
森番を呼んできたほうがいいかもしれない。離れかけたかなでに、少年の声がかかった。
ふりむく。
雲が動いたのだろうか。足元に落ちた木の濃い影に、彼とのあいだが隔たれる。
彼が顔をあげる。
「あの、タマヨリビメって?」
話せるのか。それなら。戻って、そばにかがみこむ。
「外にはいない? 神々につかえる巫女です。四季の神々と交わる巫女のことをいうの。たましいのよりしろのひめ」
「ここは、巫女さんの聖域?」
このひと、訊いてばかりだ。笑って、かなでは頭をふった。
「それじゃあ、逆。玉依姫も森を守るためにいるの。巫女のための聖域なんてないわ。神々のいらっしゃるところに巫女がおもむくのよ」
「じゃあ、ここにも神さまがいらっしゃるんだ……」
少年につられて、かなでも頭上をあおぎみた。
密集した葉は黒くかげっている。隙間から、赤みをおびた空がみえた。雲飛山(うねびやま)の木とおなじだ。木々は高く空をめざして丸く大きな葉をひろげ、日をつかもうと競いあっている。
ざくろの森にいるのは四季の神々ではない。神々は四方の神殿に祀られている。ならば、その親。あかつきの兄妹神のいずれかがいらっしゃるのか。
自分で言ったことなのに、真剣に考えたこともなかった。
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