旅立ちの朝

11/14
前へ
/129ページ
次へ
 たわいもないことを次々に舌にのせる。いつしか、すっかり息があがっていた。細身とはいえ、ひとのからだは重たいものだ。  腕を担ぎなおす。根を足がかりにして、一所懸命に斜面をひきあげる。  陽光が横合いから射す。しんとした朝の空気がからだになじむ。今日は、あじわうこともできないはずだったのに。  変なの。おかしくなって、木々に呼びかけてみる。出がけにはあいさつもしてくれなかった彼らに口々に励まされる。  休憩したいと言われて手を離すと、少年はその場にへたりこみ、立てた膝に顔をふせた。肩が大きく上下する。服の背中に血が滲み、ひろがっていた。思っていたよりも深かったのか、それとも歩かせたのがよくなかったか。  森番を呼んできたほうがいいかもしれない。離れかけたかなでに、少年の声がかかった。  ふりむく。  雲が動いたのだろうか。足元に落ちた木の濃い影に、彼とのあいだが隔たれる。  彼が顔をあげる。 「あの、タマヨリビメって?」  話せるのか。それなら。戻って、そばにかがみこむ。 「外にはいない? 神々につかえる巫女です。四季の神々と交わる巫女のことをいうの。たましいのよりしろのひめ」 「ここは、巫女さんの聖域?」  このひと、訊いてばかりだ。笑って、かなでは頭をふった。 「それじゃあ、逆。玉依姫も森を守るためにいるの。巫女のための聖域なんてないわ。神々のいらっしゃるところに巫女がおもむくのよ」 「じゃあ、ここにも神さまがいらっしゃるんだ……」  少年につられて、かなでも頭上をあおぎみた。  密集した葉は黒くかげっている。隙間から、赤みをおびた空がみえた。雲飛山(うねびやま)の木とおなじだ。木々は高く空をめざして丸く大きな葉をひろげ、日をつかもうと競いあっている。  ざくろの森にいるのは四季の神々ではない。神々は四方の神殿に祀られている。ならば、その親。あかつきの兄妹神のいずれかがいらっしゃるのか。  自分で言ったことなのに、真剣に考えたこともなかった。
/129ページ

最初のコメントを投稿しよう!

196人が本棚に入れています
本棚に追加