196人が本棚に入れています
本棚に追加
森の口のほうから風が吹いた。あたたかく、心地がよい。目をとじて、頬に風をうける。こめかみの後れ毛がくすぐったい。ついと直して、まぶたをあげる。
朝日を受ける。少年と視線があう。見つめられて、顔をそむける。向きが変わったせいかまぶしくなって手をかざし、目を細める。
「安心したみたい。さっきまで警戒して風がやんでいたけど、もういつもどおり」
警戒。また、かなでのことばをくりかえし、少年はさらに眉をよせる。
「行きましょうか。もう、すぐそこだから」
腕を引き立たせて歩きだし、斜面を登り切る。視界がひらけた。木立のあいだからも、家と畑が見えかくれしている。
足取りが鈍ったせいで、少年のからだがぐらついた。気づいて支えたが、今度はのしかかられた。ふたりで地面に倒れこむ。下敷きになってもがく。少年はどいてくれない。
首をねじって様子をたしかめる。
喉から悲鳴がもれた。
少年は、意識を失っていた。
かなでの呼びかけにも、ぴくりともしない。顔から血の気がうせている。血が腹のほうまで染みてきたらしい。指先に濡れた布がふれる。
「起きて!」
下からゆする。からだが頼りなくゆれる。起きるけはいはない。まぶたは固く閉じられている。
叫んでいるうちに木戸の開く音がした。足音が近づいてくる。かたわらでとまる。
「まったく。ようやく出かけたと思ったら」
のびてきた腕が少年を抱きおこす。助けだされて、かなでは礼も忘れて少年の頬をはたいた。力なくかくんと首をたれるばかりで、やはり、目は覚まさない。
もう一度ひっぱたこうとした腕をとめられた。
「やめなさい。あとはわたくしが運ぶ。湯の用意を」
森番の視線はかなでから反れ、少年に注がれる。その目が何かの感情にうごいたのを、かなでは見逃さなかった。
何に? 知りたくていっしょになってのぞきこむと、するどく一瞥された。
「早く行きなさい」
「……はい、ばばさま」
気がかりを残したまま立ちあがり、かなでは家へと走った。
最初のコメントを投稿しよう!