旅立ちの朝

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 森の口のほうから風が吹いた。あたたかく、心地がよい。目をとじて、頬に風をうける。こめかみの後れ毛がくすぐったい。ついと直して、まぶたをあげる。  朝日を受ける。少年と視線があう。見つめられて、顔をそむける。向きが変わったせいかまぶしくなって手をかざし、目を細める。 「安心したみたい。さっきまで警戒して風がやんでいたけど、もういつもどおり」  警戒。また、かなでのことばをくりかえし、少年はさらに眉をよせる。 「行きましょうか。もう、すぐそこだから」  腕を引き立たせて歩きだし、斜面を登り切る。視界がひらけた。木立のあいだからも、家と畑が見えかくれしている。  足取りが鈍ったせいで、少年のからだがぐらついた。気づいて支えたが、今度はのしかかられた。ふたりで地面に倒れこむ。下敷きになってもがく。少年はどいてくれない。  首をねじって様子をたしかめる。  喉から悲鳴がもれた。  少年は、意識を失っていた。  かなでの呼びかけにも、ぴくりともしない。顔から血の気がうせている。血が腹のほうまで染みてきたらしい。指先に濡れた布がふれる。 「起きて!」  下からゆする。からだが頼りなくゆれる。起きるけはいはない。まぶたは固く閉じられている。  叫んでいるうちに木戸の開く音がした。足音が近づいてくる。かたわらでとまる。 「まったく。ようやく出かけたと思ったら」  のびてきた腕が少年を抱きおこす。助けだされて、かなでは礼も忘れて少年の頬をはたいた。力なくかくんと首をたれるばかりで、やはり、目は覚まさない。  もう一度ひっぱたこうとした腕をとめられた。 「やめなさい。あとはわたくしが運ぶ。湯の用意を」  森番の視線はかなでから反れ、少年に注がれる。その目が何かの感情にうごいたのを、かなでは見逃さなかった。  何に? 知りたくていっしょになってのぞきこむと、するどく一瞥された。 「早く行きなさい」 「……はい、ばばさま」  気がかりを残したまま立ちあがり、かなでは家へと走った。
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