旅立ちの朝

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 少年が意識を取りもどしたのは、昼近くになってからだった。  うつぶせの状態から身を起こし、部屋を見まわして、かなでに目はとめたものの、何が我が身におきたのか、うまく思いだせないようすだった。  はだけた胸には包帯がわりのさらしが巻かれている。斬られた上衣は脱がし、森番の服をかけておいた。背中のケガの手当もふたりがかりだったが、思うよりもずっと重労働だった。  背筋をぴんと伸ばしたまま、少年は微動だにしない。曲げると痛むのだろう。 「脱いで。薬を貼りなおしてあげる」  草の葉をすりおろして餅状にし、大きめの木の葉の表面に塗りつける。てのひらのうえで、葉っぱがひんやりする。肩から上衣を滑らせたのを見て、さらしを巻きとる。背に貼りつけてあった木の葉がすとんと膝元に剥がれ落ちた。薬の部分が乾いて縮んでいる。傷口の熱を吸ったのか。  残りかすを払って、新しい木の葉を押しつける。  染みたらしい。背をのけぞらせ、少年がうめいた。 「我慢! 痛くない!」  声をかけたら、笑われてしまった。 「冷たかっただけだよ。薬のおかげかな。そんなに痛みはない」 「いきなり倒れたのよ? 死んでしまうのかと思った」  本人に手伝ってもらいながら、さらしを巻いて木の葉と傷とを固定する。上衣を着せかけたところで、奥の部屋の戸が開く音がした。  ふりかえってみて、あっ、と声をあげていた。  目じりにひいたふちどりの紅が切れ長の目をさらにきわだたせ、視線を力強くしていた。おなじ色の口紅はちょんと乗せただけで、甘さがない。おしろいのきっちりとはたかれた首筋には、結いあげた黒髪の輪が左右にひとつずつ垂れ、つやつやとひかっている。  ぽけっと口が半開きになっていることに気づいて、あわてて閉じる。近づくと、花のかおりがする。香油入りの鬢づけ油だ。男物の儀礼服を着ている。  めずらしい。森番がこの装いをするのは、特別のときだけだ。  きっちりと化粧をし、男装をした森番の姿は、かなでもまだ数えるほどしか見たことがない。高倉(タカクラ)家と猪熊(イノクマ)家の姫君が玉依姫になるためにきた、二回きりだ。  姫君以外の客人は、そういえば初めてだった。客人をもてなす格好なのかもしれない。  森番は、かなでには目もくれなかった。
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