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「そなた、名は?」
袴を蹴さばき、敷物に腰をおろす。端然とした姿に、ほうっとため息がもれてしまう。少年も同様らしかったが、問いに顔を引き締め、森番にむきなおる。あぐらをかいて、両手のこぶしを床につく。浅く礼をする。
「雲飛山の農夫、カノトです。このたびは助けていただき、ありがたく存じます」
「第五十七代『一年(ヒトトセ)の宮』明宮(あかるみや)だ。この森の番人をしている。──カノトどの、その背の傷、まだ痛むであろ? 楽にされよ」
籐の肘掛けをひきよせて、自分も足を崩す。それをみて、カノトもあぐらを解いた。
「そなたを助けたのはわたくしではない。そこの娘だ」
頬杖をついて目で示されて、かなでは意味もなく姿勢を正した。カノトがこちらをふりかえる。こそばゆい気持ちになって、ついついうつむいてしまう。
「わたしは、運んだだけです。お薬を作ったのは、ばばさまじゃないですか」
「何だ、蚊の鳴くような声で。森の木が口々に言うておったぞ。盗賊から逃げるのを手助けしたのだとか」
そのあたりは憶えているらしい。カノトはうなずいて、うすく微笑む。
「ありがとう。……ええと、」
「かなでです」
名乗りながらも、なんだかいたたまれない。
「感謝してもらうことじゃないわ。わたしだって逃げなきゃ危なかったんだもの」
カノトがあらためて礼を言おうとするのを早口にさえぎる。森番があきれたように口をはさんだ。
「礼くらいもらっておけばよいものを」
「だって、嫌なんです。吉祥樹に頼んだのも、いっしょに坂をのぼったのも、手当したのも痛み止め替えたのも! お礼を言われたくてしたわけじゃありません」
「かなで」
ふてくされたら、森番はおかしそうに笑う。呼びよせられて、近くに膝をついたら、頭を抱きしめられた。小声で耳打たれる。
「おまえにとっては水を飲むようにあたりまえのことでも、感謝する人間はいるのだよ」
一重の目が笑む。きついまなざしがやわらぐ。
「泉から、水をくんできなさい。占いに使うぶんだけ」
「……はいっ!」
勢いよく返事をして桶をとり、かなでは外へと飛びだした。
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