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森番の忠告
カノトは何度も居住まいを正した。
目が覚めた直後は予想よりも簡素な内装にほっとしたのだが、どうやらまちがいだったらしい。
燭台は銀製で、戸棚はよく磨かれ、花模様の細工がなされていた。漆か何か、うわぐすりが光って、黄金のようだ。
この敷物だって、毛ではなく草であるだけなじみやすいが、藁ではなく見たこともない青緑の草で不可思議な文様を編んであり、よいかおりがする。
「かなでがうるさかったろう。客人が来ると、いつもはしゃいでしまう」
森番のことばにあいまいにうなずく。かなでがいないだけで、間がもたない。
一年の宮といえば、都のお姫さまだ。帝の血をひく姫君で、時の帝のために神に祈る巫女だ。それくらいならば、田舎者のカノトでも知っている。
もっとも、情報源は山の老婆のおとぎばなしである。まさか実際に遭遇するとは思いもよらなかった。一年の宮のような貴人がどうして、こんな辺鄙な森のなかにいるのだろう。
いくらなんでも隠居には早い。まだせいぜい三十代半ばにみえる。しかし、この森には、娘以外にひとのいるけはいがなかった。かなでは質の良い服を着ていたのに、水汲みをさせられていたし。
「女官はいないんですか、明宮さま」
決死の思いでたずねたカノトに、森番は大あくびを袖で隠しつつこたえた。
「己の世話くらいは己でする。こちらへ来たのはわたくしのわがままだからな」
しゃらっと、髪の輪が揺れた。カノトに目をむけ、命じるような口調でいった。
「明宮は世俗の名。『森番のばば』でよい」
「できません、そんな呼びかた! こんな、……きれいなかたに!」
叫んでしまったカノトに、明宮──森番はことばをうしなって、それから、わっと男のように笑いくずれた。ほがらかな声にこちらのほうが恥ずかしくなる。
「三十路すぎの女をつかまえて何をいうか」
「でも、やっぱり未婚のかたに『ばば』なんて」
森番は沈黙した。柳眉をはねあげて、にいっとくちびるの端もあげる。居住まいをただし、カノトにまむかった。
「なぜ、わたくしが未婚だと?」
からかうような声音にたじろいで、くちごもる。
「あかつきの神は男の神ですから」
「そうだな。巫女は神と契る。一年の宮も四家の玉依姫もみな、神の花嫁。わたくしの夫は生き死にをつかさどる土の神だ」
戸口で音がした。かなでだ。
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