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「種がここにくると過去を示します。こちらは現在で、そちらが未来です。黄の陰は『失敗』、赤の陰は『意志とは関係のないこと』、緑は『意外な成功』を意味します。つまり、あなたは過去に判断や行動を誤り、自分の意志とは関係なくざくろの森に来てしまった。ばばさまが占われたのは『あなたが森にあるとどうなるのか』でしょうから、」
「ここにいれば、意外にうまくいく、と?」
かなでは首をうなずかせ、物思いにふける森番に合図した。水盤をかたづけてもよいかと許可を求めているらしい。
「構わぬ。いつもどおり、種は袋に、水は畑にでも撒いておくれ」
「はい、ばばさま」
「──待て」
種をかき集めようと水盤に手をいれたかなでを、森番は厳しい調子で詰問した。
「また、泉に落ちたのだな?」
森番の手がかなでの服の袖をつかみ、水盤のうえで絞った。白くたおやかな手を伝って、ぽたぽたとしずくが落ちた。かなではびくりと肩を揺らして、ふるふるふるっと首を横にふった。
「に、にわか雨が」
はたからみても、苦しい言い訳だった。よもやこの森番に通用するものではないだろう。
「降るか!」
「でっ、でもですね、にわか雨はある場所だけに降ることだって」
「では何か。山越えをしてみずうみの水をくんできたとでも申すかっ」
かなでの襟首を猛然とひっつかみ、森番はたちあがった。抵抗の隙もあたえずに奥の房室へとひきずっていく。
「まったくこんなにからだを冷やしてからに!」
ぶつくさ叱るでもなく口を動かしたのち、森番は房室の戸を閉める寸前になって、カノトをふりかえった。
「カノトどの。ケガをしているところ、あいすまないが、湯をわかしてくれぬか。茶をのませてやりたい」
「…………。はぁ」
お茶とは、客にふるまわれるものだろう。
たっぷりの沈黙のあと、あいまいにこたえたカノトを残して、この家の主は房室へと消えた。
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