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かなではまた木の根にけつまずいた。ふらつく腕をとりたい衝動にかられる。いつ転んでも、すかさずうけとめられるようにかまえている自分にきづいて、嘆息する。
ほんとうに、この娘だけで森番の世話ができているのだろうか。はなはだ怪しい。
「あの、かなでさん。どこへ」
声をかけると、案内役は無謀にもうしろあるきをしながら、奥を示した。
「ざくろの森の主のもとへ」
かなではきゅっと右にまがった。この複雑な道筋をおぼえておくのは、とっくのとうに放棄してしまっている。これをひとりで帰るのはむずかしいだろう。
たいして早く歩いているわけでもないのに、さきほどから息が切れてならない。なんだか、おかしい。いぶかりながら胸元をおさえ、左をむいた、とたんのことだった。
「かなでさ、……!」
最後まで、ことばを紡げなかった。
ぐっと胸が押しつぶされそうになる。息がうまくつげない。熱い。ふところがちりちり焼けるようだ。
胸をおさえてひざまずく。かなでがおどろいて駆けもどってきた。肩をささえてくれる彼女に甘えて、自分で姿勢をたもつことをやめた。だが、何にも楽にはならない。
両手の爪で、胸をかきむしる。ごりごりと骨に指があたる音がする。すごく熱くて、ささるように痛い。冷や汗が額から頬へと流れ、あごをつたう。
からだをささえてくれていた腕が、急になくなった。体勢をくずして薄く目をあけると、彼女は前をむいていた。真剣な表情で、何も言わずにうなずく。
つられて、一緒になって顔をあげていた。
何歩か先に、ひと株の樹木がある。四方八方にいびつなかたちの枝をひろげている。
白くなめらかな木肌が目立っていた。存在感のわりに背が低い。青々と茂る葉のなかに、紅がぽつりぽつりとのぞいていた。
花ではない。果実だ。あれは果樹だ。
かなでの手がふところへ迷いもなく入りこんでくる。無遠慮に探られているのに、抵抗する力もわかない。せめて彼女を制止しようと口をひらくのに先んじて、かなでは言った。
「動かないで。吉祥樹があなたを叱ってる」
やわらかい指が腹をたどって、とまる。つまみだされたものを目にして、気が抜けた。
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