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隠していたはずの指環だった。それが彼女の手にうつると、息が楽になった。熱をはらんだ痛みも失せる。もうろうとしながら、カノトはかなでの指先をみた。
見慣れた指環は透明な茶色にひかる。蜂蜜の金により近い。彫りものもない太い環だ。
かなでは環を持ってあおむき、木漏れ日にすかした。みとれているようで、陶然とした顔つきだった。こういうところは、ふつうの娘だ。
「『ち』でできた指環……」
「血?」
どう見誤っても、指環は赤くない。血の色ではなかった。かなでは指環をこちらに返してよこしながら、くだんの果樹を指さした。
「血じゃなくて、乳。彼女の」
単なる低木にしかみえない果樹が視界に大きくうつる。以前にみたことがあるような気がした。なつかしさをおぼえ、指環を持ったまま、そばへよってみた。
近くでみればみるほど、小さな果樹だった。こんなこぶし大の実をいくつもつけて、よく枝が折れてしまわないものだ。里や山で果樹を育てるときはていねいに剪定をして、大きくする実をひとつだけえらぶというのに。
手をいれられた形跡はまるでなかった。自然のままなのだろう。目の高さにある果実にふれて、手でささげ持ってみる。ずっしりと重い。
真っ赤に熟したりんごだ。初夏に色づくだけでもおどろくのに、いくつも鈴なりになって、栄養不足にもならずにしっかり育っていた。
「それが吉祥果。さっき、占水盤につかったのはこれの種」
食べないでねと、ひとこと釘をさして、かなでは吉祥樹にむかった。ひざまずいて、細い幹に手をふれる。
「カノトどのの家は先祖代々、農家なの?」
「知らないな。父さんは農夫だったけど」
「そう。じゃあ、この指環は伝家のもの?」
問われた意味がわからず、首をかしげる。
指環は父の形見だ。父にもらったときにも、祖父から受けついだものだとは聞かされなかった。父がどこかで手にいれたものなのだろう。
「さあ、どうだろう」
「そう……」
幹を見つめて、かなではぼんやりしていた。だが、ふいに吉祥樹へ腕をまわして抱きついた。
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