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「まだ生きているんでしょうか、外に、坊城家(ぼうじょうけ)の血は」
結び目をつくる合間に、森番は口を開く。
「わからぬ」
糸を犬歯で噛み切って、布地を裏返す。
薄手の上衣だ。裾に刺繍でもほどこすつもりらしい。袖のしわをのばして木枠をはめながら、さらに言う。
「ヒコとなるべき男子は生き延びていないかもしれないな」
「だったら!」
声をあげたら、今度はさとされた。
「ヒコがいなければ、火之神は力を貸してくださらない。ヒメは無力な存在だ。吉祥果を喰らったところで、ただの娘に過ぎぬ。おまえは、いまのままでもじゅうぶん、森のよき助けになっている。一度でも森は言ったか? 『夏』を欠いたと、苦しいと、責めたてたことがあるか?」
ことばをのみこんで、うつむく。見破られている。くちびるを浅く噛む。
あたたかな両手が頬をはさんで、こねるようにゆさぶった。森番は淡く笑んでいた。どことなくさみしげで、何か悪いことを言ったかと思った。
探ろうとした手をもどして、うしろに隠す。
聴いてはダメ。もう子どもではないんだもの。無闇にひとのこころをのぞくのはいけないことだと、何度も教わったんだから。
背中でむすんだ両手をいらいらと組みなおす。
かなでには、ふれた相手のこころが聞こえる。
手でふれたとき以外は聴かないようにと練習をかさねたおかげで、ひとの感情にのまれて、めまいを起こすことは少なくなった。
こらえるのは、もどかしい。ふつうにしゃべれるのに、身振り手振りでしか物事を伝えてはいけないと言われた気分になる。
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