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森の木々は知らんぷりをしてくれている。未明のこの時刻だけ、吉祥樹は浅い眠りにつく。そのまどろみの隙をついて、外にでようと考えた。知っているだろうに、静かに息を潜め、声をかけてくることもしない。
ちょっぴり、こころ細くなった。
木々が騒げば、吉祥樹が起きだす。だから、無言をつらぬいてくれているのはわかる。それでも、ほんとうは別れのあいさつぐらいしたかった。
吉祥樹も、この木々も、かなでの親だ。森番とともに自分を守り育ててくれた相手だ。外にでたら、生きて帰れるのかどうかもわからない。
──そんな弱気を言ったら、みんな怒るだろうな。
森番もきっと言うだろう。別れのあいさつなど、縁起でもないと。
沈黙する木々のあいだを早足に抜け、勾配を降りていく。朝露のおりた土はぬかるんで滑る。ぐっと踏みとどまってはみたが、たらたらとしているわけにはいかない。日が昇れば、吉祥樹が起きてしまう。
えいっとばかりに飛びおり、外との境に立って、かなでは深呼吸した。
外に出るのは、五年ぶりのことだ。
緊張した。両腕をあげて丹念に探る。いつもの境界はない。しこりに似た空気のかたまりも、いまはない。ごくごくうすい膜があるだけだ。
かきまわされた膜は水鏡のようにゆらぐ。むこうの景色がゆがむ。だが、さしいれた指先にさほど強い反発はなかった。むこうがわに突きでて、ひらひらと動いている。
いける。
さっと足をすすめる。顔がめりこむ。鼻と口がふさがれて、一瞬、息がつまった。無理に押し通ったら、泡のようにぱちんとはじける。
思わずうしろを確かめたが、膜はうわんうわんと大きくゆれながら難なく、また一枚に戻っていた。
かなでのからだはすでに外に弾きだされていた。
そろそろ……と、外にむきなおって、息をのんだ。
──ざくろの森の外って、むかしもこんなだったのかしら?
よく憶えていないが、もっと明るい世界だった気がしていたのに。
白い闇だった。
肌寒さに身震いする。上衣を羽織ってきてよかった。からだが凍ってしまいそうだ。
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