彦星に願いを

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「はぁっ…、はぁっ…、はぁっ…、はぁっ…!」  月末に全国大会を控え、1、2時間前まで最後の追い込みをしていた俺はシャツに汗が滲むのにも構わず、ひたすら暗い林道を疾走していた。  内輪や水風船を持った人達が何事かとこちらを見てくるが、それらに一顧の注意も払わず、ただただ足を動かす。  あいつは約束の場所に来たのだろうか、もう帰ってしまっただろうか、などという思いが錯綜し、不安の念に胸が押し潰されそうになる。  3日前、七夕祭りなるものに誘われた俺は、心底喜んだ。だが大会のこともあり、万が一行けなかった場合のことを考え、曖昧な返事しか返せなかった。  それでもあいつは咲き誇るような笑みを浮かべ、「八時まで待つ」と言ってくれたのだ。  ──しかしもう約束の時間を1時間も過ぎている。祭りだって30分前に終わっているはずだ。  「来れないなら無理しなくてもいいよ」とは言われたものの、これが最後のチャンスだ。この先受験勉強が本格的に始まる前にけりをつける必要がある。 「頼むから間に合ってくれ…!」  さっきから心の中で思っていたことが、不意に口から出る。  祭りから帰る人がいるとはいえ、人口の少ない村主催の祭りだ。たまたま近くに人がいなかったため誰にも聞かれていないはずだが、よほど聴覚が優れているのか、目の前から小さな生き物が興味深そうに近づいてきた。  俺の言葉が聞こえたのか?もし聞こえたのなら、どうか彦星にお願いしてほしい。あいつに会わせてくれ、と。  心の声が伝わったのかどうかはわからないが、2匹の小さな生き物は黒い羽を震わせ、暗い空へと上昇していった。  
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