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「星香」
私が帰ろうと決意し、ほんの数歩歩んだ時、私を呼ぶ声が聞こえた。
この声はまさか…。
荒れ狂う波を静めるような穏やかな声。心地よくなる木の匂い。
こんなのが当てはまる人物は、私の知る限り一人しかいない。
それでも違う人である可能性もある。私が待っていた人か否か確かめるため、私はゆっくりと振り返った。
「天彦!」
やはり、彼だった。
「よかった…。ひょとしてもう来てくれないのかと思ってた」
「ごめん、遅くなって」
「うんん、謝らなくていいよ。私はあなたが来てくれただけで十分嬉しいから…」
目尻に溜まった雫に気づかれないよう精一杯笑ったけど、きっと今の私は変な顔になっていると思う。
内に秘めた色々な感情を悟られないよう川に目線を逸らすと、川は底が見えるほど透き通っていて、サラサラと静かに流れていた。
「でも1時間も待たせたんだ。やっぱり謝るよ。ごめん」
誠意のこもった謝罪の言葉を述べ、彼は深々と頭を下げた。
後悔、苦悩、反省、焦り…。様々な思いが感じ取れる彼の髪は黒いけれど、星空のように美しい。
ほんの数秒、しかしとても長く感じられる数秒その美しさに見とれていると、ようやく彼は顔を上げた。
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