遠巻きさん

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夏の盛り、暑い日ざしがアスファルトを照りつける。 それは陽炎となってゆらゆらと辺りに熱気を立ち上らせる。 遮断機の警報音がうるさいほどに鳴り響いていた。 そんな中、私は下を向いてじっとうつむく。 …前を見るのが嫌だった。こういう日には特にそうだ。 私にはルールがあった。 ねっとりとした空気の中でうかつに前を向いては行けない。 今だって手一杯なのだ。 …そうしないと「遠巻きさん」が増えるから…。 そうして、私はちらりと後ろを見た。 そこには影があった。 ゆらゆらと、陽炎のように影は揺れる。 それがいくつもある。 何十、何百、何千…。 道路から、民家から、はたまた電柱の上にいるものまでいる。 そうして、それらがじっと私の方を見つめていた。 私はそれを見ると慌てて視線をそらす。 誰にも相談はできない。 相談したところで、何の解決にもならない。 むしろ、ただいたずらに彼らの数を増やすばかりにしかならない。 そうして視線を下げていると、ふいに視界の隅に何かがうつった。 それを見た瞬間、私は口の中で「ひっ」と小さく悲鳴を上げた。 そこには一匹の猫がいた。 茶トラの、まだ遊び盛りと見えるような小さな猫だ。 それが遮断機の内側にいた。 うるさいほどの警報の音。 …手を出す暇もなかった。 目の前を、電車が横切った…。 …警報が鳴り止むと、するすると遮断機は上がって行く。 猫のいた場所に、もう猫の姿はなかった。 そこには、わずかなシミと毛の一部だけが残っていた。 …おおかた車輪に大部分を持って行かれてしまったのだろう。 そして私は視線を上げる。 そこには、小さな影があった。 子猫くらいの大きさで、目のある部分には小さな点が二つあるのみだ。 それが自分を見つめる。 「どうして助けてくれなかったのか」と。 「どうして救ってくれなかったのか」と。 そうして影は、何も言わずに私の後ろに回り込む。 そして、あの大量の影の中に混ざり込む。 私は暗い表情で前へと歩き出す。
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