1136人が本棚に入れています
本棚に追加
遺体の腐敗は、それほど進んでいなかった。索条痕が、まだはっきりと目視できたくらいだ。
猛烈な悪臭と虫害が出始めているにもかかわらず、なかなか発見してもらえない遺体もある。
かつての住人が、その部屋の中で「人型のシミ」になってしまう。
それほどまでに状態が悪化するまで、誰にもドアを開けてもらえない。そんな部屋も多い。
もし「そんな風」になってしまっていたなら、この遺体も、孤独死にありがちな「死因不明」として片づけられてしまっただろうか――
「見つけてあげられて良かった」と。ただ、そう素直に思えばいいのだろう。だが。
「……一課や鑑識の仕事、無駄に増やしちゃっただけだったかもな」
聡は、そう自嘲気味に呟いてみる。
聡とて、犯罪の隠蔽を望んでいるわけでは、決してない。だが、発見の遅れた多くの遺体の中、事件性のあるものが、はたしてどれだけ見逃されているだろう?
むしろ、今回のように早めに発見されることの方が、少ないのかもしれなくて……。
だがそれは、一刑事や一鑑識員が、個々人でどれほど努力しようとも、どうにも手の届かないこともでもあった。ただでさえ、刑事も鑑識も、常にオーバーワークだ。
自嘲めいた聡の「皮肉」なモノローグは、晴らされることのなかった無念が、おそらくは多々あることを知りつつ、どうすることもできない現実を、諦めとともに悔やむからこその、やるせなさの表れでもあった。
――神原、まだ一課にいたんだな。
二年ぶり、いや、三年ぶりか。
自分を見つけた時の神原の表情を、聡は思い浮かべる。
濃紺のスーツ姿。
朝からずっと、長時間身に着けたままで、もうかなりくたびれてきたワイシャツの襟を、ネクタイできつく締め上げて、いつも、生真面目に引き結ばれているくちびるが、かすかに開き。
見開かれた目に宿った一瞬の光は、驚きだろうか? それとも、焦り?
少なくとも、嫌悪の表情は、見て取れなかった。
いや、違うだろうか? 僕がただ、そう思いたいだけで?
少しばかり疲れているようには見えた。でも、神原は、ほとんど変わっていなかった――
最初のコメントを投稿しよう!