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 ひょっとすると、また「あの部屋」に行くことがあるかもしれないな――  アパートの一室で遺体を発見した時、聡は、そんなことを予想していた。  そしてしばらくの後に、それは現実となった。 「なあ、鮎川さん。明日って、何か予定あるかい?」  「社長」から電話がかかってきたのは、夜もかなり更けた頃だった。 「いいえ、特には」聡は静かに応じる。 「急なことですまないんだけど、明日、一件お願いできないかと思って……いやさ、夕方にね、『どうしても明日に』っていう依頼が来ちゃってね。ほら、月末だろう? 『明後日に鍵を引きわたせば、来月分の家賃が浮くから』って泣きつかれて」 「いいですよ、構いませんから、僕は」  恐縮しきりの相手を慰めるように、聡は、重ねて言った。 「いつも悪いね……話からすると、状態、そこまでひどくはなさそうだからさ。ともかく、明日は人が見つからなくて。とりあえず鮎川さんに、場所見てもらって、もし、どうにも手に負えないようなら、おっつけオレも手伝いに向かうし」 「……場所は、どこですか?」  言い訳を続ける社長を、すこし遮るようにして、聡が訊ねる。 「え、ああ、場所ね。そういや、鮎川さんの家の近くだ」  そこ、もしかして……と、聡が、件のアパートの名を上げると、相手は「あっ、そうそう! そこそこ」と、かぶせるように返答した。 「大丈夫ですよ、社長。あそこなら、僕ひとりで」  やわらかいながらも、どこか自信に満ちた聡の声音に、「社長」は、やや戸惑ったが、「ともかく、じゃあ、明日は頼むわ、鮎川さん、恩に着るよ」と言って電話を切った。
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