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助かるな……これなら、窓を開けて作業ができる。
聡は、息苦しい防臭マスクではなく、ホコリよけ程度のサージカルマスクを手にする。
――特殊現場。
殺人、自殺、孤独死など、人が死亡した場所の清掃を、業界用語ではそんな風に呼ぶ。
特に、遺体の状況があまりにも悪い、劣悪な清掃現場のことだ――
そんな現場の清掃依頼が増えるのは、圧倒的に夏場だった。
蒸し暑い盛り。
悪臭と害虫を周囲に漏らさないよう、窓を開けるどころか、換気扇を回すこともままならない。
ゴーグルに防臭マスク、ゴム長靴と何重にも重ねた手袋。使い捨てのツナギの上から、防護用のビニール服を身に着けての作業。五分もすれば、熱気で気が遠くなる。
それに防臭マスクといっても、事務所にあるのは形ばかりの安物。聡が鑑識員時代に使っていたものとはまるで違う、お話にもならないようなチャチなシロモノだ。
職歴上、腐敗臭にも腐乱臭にも、随分と慣れているはずの聡ですら、「もう到底、耐えられない」と逃げ出したくなるような現場は、これまでにいくつもあった。
それを思えば――
今日の現場など、聡にとっては、本当にどうということもない。
その部屋は、あちこちにうずたかく物が積み上がり、あらゆるゴミが散乱する、いわゆる「汚部屋」というヤツだった。
たしかに、聡から見れば「特にどうということもない」状態ではある。だが、それでも、普通の人間が見れば、直ちに回れ右をして、逃げ出したくなるような荒れ果てぶりであることには違いなかった。
ただ、汚部屋とはいっても、所詮は二間ばかりの狭い場所だ。特段の家財道具があるわけではない。
まあ、この程度のゴミなら、乗ってきた軽トラで、一度に運んでしまえるな……。
そんな風にあたりをつけて、、聡は、室内をいくつかのパートに分け、手を付ける順番を、ざっと頭の中で組み立てた。
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