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――つい最近、所轄から異動してきた一課の刑事。
それが、僕の神原に対する、その時の認識だった。
第一印象は強かった。
悲しい表情をした男だと。挨拶回りで鑑識課にやってきた神原を見て、そう思った。
とても悲しそうに綺麗な顔をしていると――
あの時、神原はなぜ、僕に傘を差しかけたりしたのだろう? 素知らぬ顔で、立ち去れば良かったのに。普通なら、きっとそうするに違いないのに。
だって神原は、絶対に知っていたはずなのだ。
僕を振り払って去って行った相手が、誰なのかを……。
ノロノロと立ち上がって歩き出すと、神原は、僕の後をついてきた。
タクシーにすら乗車拒否をされそうなくらいに、もうすっかりと濡れそぼっている僕を、それでも、傘に入れておこうとするかのように。
*
鍵を開けて玄関に入ると、神原は、手にしたスーパーのビニール袋を、作り付けの小さなな靴箱の上に置いた。
溜息をひとつ。
そして、スイッチに指を伸ばし、明かりを点ける。
壁の時計へと目をやった。
八時半をわずかに廻っている。
――今日も裕也への、電話は無理だな。
神原は、またひとつ溜息を洩らす。
住宅街のアパートで発見された絞殺死体の「帳場」は、既に解散していた。
被害者は七十を少し超えたばかりの男性。
近所のパチンコ店の常連で、殺人はそこでのトラブルがもとになったものだということが、捜査のかなり早い段階で濃厚になった。続けて、すぐに容疑者も割れ、後は所轄メインということで、事件は、早々にカタがついた。
とはいっても、積み残ったデスクワークで、神原の身体は、そうそう自由にはならないままだった。
レジ袋から出来合いの弁当と、麦茶のペットボトル取り出し、形ばかりのキッチンに作りつけられたダイニングテーブル代わりのカウンターの上に置く。
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