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初めて訪れた時から既に80余年が過ぎたあの丘…
垣戸島は潮風の丘展望台の一角に、今一式翁は佇んでいる。
あの時獣道のようだった小道は今や整備そして拡張され、道の中央には市電の軌道まで敷かれていた。
つい最近まで茂みが広がっていた辺り…
あの時ラーチャプルック姫が潜んでいた辺りは小さな駐車場となり、展望台の景観を損なわぬ範囲で売店も設けられている。
そして一面に芝生が植えられた広場の真ん中には、思い出の大きな石がズンと鎮座していた。
表面に無数の弾痕が穿かれているのを除けば、ほぼあの時のままの姿を現在に伝えている。
「お疲れ様ニィニィ…
俺もそのうち行くだろうから、向こうでも弟分にしてくれよな…」
どこまでも広がる大海原を見ながら一式翁。
その脳裏には、陽光と初めて喧嘩した時の光景がありありと蘇っている。
そんな一式翁の表情は手荒く寂しそうであった。
その理由は言うまでもないであろう。
一式翁の百歳の誕生日を数日後に控えたとある日の朝、ニィニィこと田島陽光は庭石に腰掛けたまま冷たくなっていたのだ。
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