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あれ? えっと……。
「じゃ、後お願いします」
「ああ、心配しなくていいから」
気が付くと保健室の天井が目に入ってきた。辺りは薄暗く、外には月が見えていた。
――俺どうしたんだっけ。確か……。貧血で倒れたんだった。
来年の大学受験に備えて、綾瀬は特別授業を選択していた。
苦しくも楽しかった部活動を引退した三年生は、放課後を利用して特別講習が受けられるようになっていた。ある程度の学力はあっても、希望する大学に現役で合格するのは、甘いものではない。
綾瀬はどうしても長田と同じ大学に行きたかった。
背が高くのほほんとしていながら、頭の切れる長田は、綾瀬の親友だった。そして、大好きだった。
高校に入ってから、部活も一緒、選択教科も一緒、すべて長田と過ごしたいが為に綾瀬は合わせていた。
「何か俺たちって気が合うのかな? どの授業も綾瀬と一緒だし、心強いよ」
にっこりと目を細めて微笑む顔が好きだった。ずっと見ていたい、ずっとそばに居たい、綾瀬の時間はすべて長田中心に回っている。
扉の閉まる音がし、部屋の明かりが消えた。
「あっ!」
静かになった保健室で閉じ込められたと思い、慌てて起き上がる。ベッドの周りに引かれたカーテンが、エコーが掛かったように鳴り響きながら開かれた。
「目が覚めたかい? 大丈夫、独りにはしないから」
「瀬戸先生。よかったぁ」
瀬戸の瞳がキラキラと月に照らされ、まるで女神の様に見えた綾瀬は怖さを安心感に変えられた。夜の学校で独りになるのは怖すぎる。いくら高校生でも心細くならないわけがない。
「具合はどう?」
ひんやり冷たい白い手が額に当てられた。そのまま、頬を撫で滑り項に触れる。寝起きのせいか熱っぽさを持っていた体が、瀬戸の手によって癒されるように気持ちよくなる。
「すみません。もう大丈夫です」
「そう、それはよかった」
瀬戸はゆっくりベッドに腰かけ、項を擽るように触れてきた。
「先生、僕も帰ります。さっきのは長田ですよね?」
「うん、長田君が心配して迎えに来てくれたんだけど、断ったんだよ。もう遅いしね」
項を触る手がゆっくり綾瀬の髪を掻き上げ、瀬戸の顔が近付いてきた。月に照らされ、色白な肌を青く染め、怪しく惑わせるように瞼を薄く開いて綾瀬を捕らえている。
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