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開けた窓から、穏やかな風が流れ込んできた。
病室から見える、ナナカマドの葉が風に揺れ、穏やかな海の波に似た音を奏でた。
その波の音をのせた風が、ベッドで眠る太一の額をそっと撫で、前髪を揺らす。
病室に流れていたサン=サーンスのアルバムの曲は、全て終わっていた。
俺は、空に浮かぶクジラの形をした雲を、スケッチしていた。
新しい絵本の話が浮かびそうだ。
「なぁ…」
太一に話しかける。
クジラ雲を眺めながら、ふと、頭に浮かんだことがあった。
自信をなくしていたあの頃、100通近く届いた、あのファンレター。
ずっと不自然だと思っていた。
「…もしかして、お前?」
筆跡も内容も全部違っていたけれど、もしかして…
風がまた吹いた。
ナナカマドの葉から聞こえる波の音。
そして、どこからか、潮の匂い。
この近くに、海なんてないのに。
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