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「大変でしたね。私も姑がいた身だからわかるわぁ」秋田は同調した。
「おお。女は怖いや」
おどけたように男は言って吉野の方を向いた。
「吉野さんは何かないですか?」
「私ですか?」
「こういっちゃなんだが、泣く子も黙る名優、吉野彦之助だ。秘密のひとつやふたつあるんじゃないですか?」
(秘密、ねぇ……)
「急に言われてもパッと思いつきませんけどねぇ」
「そうですか? じゃあ、考えていて下さい」
「そんな無茶な」
「大丈夫ですよ。人間、秘密を持つ生き物でしょうよ」
「それで? 貴方はどんな秘密があるんです?」
「俺はですね。見ちゃったんですよ」
男は声をひそめた。
「見たって何を?」
「強盗ですよ。銀行強盗犯の顔をばっちり見ちゃったんですよ」
「それで警察には?」秋田が尋ねた。
「警察には言ってないんですよね」
「じゃあ、事件は迷宮入りに?」
「いや。犯人はすぐに捕まりました」
「なら良かったじゃないですか」阪井が言った。
「見た状況が悪かったんですよ」
「と、いうと?」吉野は尋ねた。
「これですよ」
男は小指を立てた。
「妻とは別の女と一緒に居たんです。警察に話すと、状況まで説明しないといけない。言えませんよ。かみさんに知られたら殺される」
「もう死んでいるんだからいいんじゃないですか」少し呆れながら阪井が言った。
「それもそうですね」
男の話が終わってから沈黙が訪れた。
それぞれは改めて思ったのだ――。自分は死んだ。もういない人間なのだと。
「……よ、吉野さんは何か思い出しましたか?」
重い空気を打ち消そうと秋田は吉野に話を振った。
「うーん。芸一筋だったからね……。あっ、でもひとつだけ心がけていたことがあったな」
急に思い出したように吉野は言った。
「それは芸能人として、ということで?」
「そうですね」
ややもったいぶるように吉野は言った。名優の秘密、ということで3人は吉野に注目した。
(もしかして隠し子?)
(脱税?)
(あの女優との熱愛?)
吉野はゆっくりと口を開いた。
「私ね、甘いものに目がなくて。今朝もマカロン食べて。でも世間のイメージと合わないから、マネージャーにも秘密にしてたんですよね。それが私の墓場まで持って行く秘密」
その場はシーンと静まり返った。
「鬼の吉野の秘密がそれですかい」
男がポツリと呟いた。
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