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01挺目 ボクとちんちくりん
少女はベッドの上に丈の長い銃を投げ出した。ろくなベッドメイキングがされていないのか、衝撃で埃が舞い上がる。
「ああ、もう……。力加減がわからないなぁ……。やっぱりボクは武器を振り回す方が性に合ってるんだよ」
腕を組みながら転がる銃を睨みつけた。剣や槍をこの『念導銃』に持ち替えたのはわずか三ヶ月前だが、武器を振り己を鍛錬した日々が遠い昔のように感じる。
しかし今は非力な身、あの重い剣を振ることはもう出来ない。誰しもが持つ『念』を変換する『念導器』の一つである『念導銃』しか、彼女が欲する威力を持たない。
しばらく過去の日々に思いを馳せていたが、少女は胃のあたりを右手でさすった。
「お腹空いた……」
この荒っぽい宿にルームサービスなどない。少女は銃を再びポンチョの中に仕込み、部屋から出た。
***
外に出てみれば目に入るのは荒ら家ばかりだ。木造の家々は建てられたままの頃から改装なぞされていないのだろう。壁に穴が開こうが屋根がひしゃげようがお構いなしだ。外をうろついているのはガラの悪い男ばかりで、女子供が安心して外に出られるような環境ではない。
それでもこんな岩山とわずかな植物しかない荒野の最果ての町に宿や飲食店などが存在するのは、訪れる人間が一定数いるからだ。
この町は『魔女の棲む山脈』に最も近い町だ。山脈に入ろうとする人間が後を絶たない。
***
少女は単独で町を歩く。宿に入る前に町のどこに何があるのかは大体把握していた。
──この町に酒場くらいしかないけど、この姿で入れるかな?
風が吹き荒び、乾いた砂埃が容赦なく降り注ぐ。
周囲の視線に気が付いた。周囲の男どもが自分を見ている。こんな幼い女の子がこんな荒くれ者の集う町を一人で歩く姿は珍しいのだろう。もっとも、理由はそれだけじゃないが。少女は溜息を吐いた。
──女にされるにしたって、何で度を超した美少女になった?
元々の姿だって決して不細工ではなかった。「貴公子」とあだ名されるほどではあった。
しかし今のこの姿、自分でなければ自分だって目が釘付けになっていたことだろう。周囲のいかがわしい視線を浴びながら彼女は町を歩く。
***
荒ら家と荒ら家の間、暗くなった細い路地から声がした。
「お金持ってないなんて嘘でしょ? ちょっとジャンプしてごらんよ」
「でも、でも、だって……」
カツアゲか。少女は横目でそちらを見た。路地裏に三人、狭そうに詰め込まれている。肝心の被害者はそいつらの陰に隠れて見えない。
しかしその三人組の姿には見覚えがあった。思わず足を止める。
──アイツらまた人に絡んでるのか
先程自分に『護衛』を申し出た身の程知らずの男達だ。今度は人から金をせびろうというのか。奴らの浅ましさに他人事ながら呆れた。
ここを放っておいたら騎士が廃る。しかもあいつらなら好都合だ。彼女は立ち止まり、三人組の背後から声をかけた。
「今度はカツアゲですか? 人を見た目で判断して痛い目見たのに、懲りない人達ですねぇ」
三人の背が同時にビクッと震えた。振り返った彼らの顔は引き攣っている。彼らが自分の姿を認めたとわかると、少女は豊かな髪をわざとらしくバサッと掻き上げた。
「またボクの『念導銃』の餌食になりたいですか? 今度は外しませんよ。あの崖のように、貴方達の土手っ腹に風穴開けてやりますよ」
少女は言い終えるとポンチョの中に手を入れ自分の『念導銃』の持ち手を引っ張り出し、それを彼らに見えるようちらつかせた。
「げぇっ!」
「出たぁ!」
男達は我先にと路地裏から飛び出し姿を消した。
「ふう……。大丈夫ですか?」
少女は奥で縮こまっていた男性に声をかけた。いや、男性と言うには幼かった。姿で言えば今の自分と同じくらいにしか見えない。身長も今の自分くらいと同じくらいしかなさそうだし、眠そうにトロンとした目には涙が溜まっていた。
「あ、ありがとう」
「いえ。アイツらがボクから逃げ出す理由があったから助けたまでです。たまたまです」
「でも、すごい怖かったの。だから助けてくれて良かったの。お礼させてくれる?」
喋り始めると思った以上に、姿以上に幼い男に少女は肩透かしを食らった。
──悪い奴じゃないんだろうけど、ちんちくりん過ぎてこの町では餌食にされるだけだ
この少年を放っておけばまた厄介事に巻き込まれそうだ。町から出るよう促そう。少女はそう考えた。
だがグゥという音がした。音の発生源は少女の腹。
「じゃ……一緒に食事でもどうですか?」
空腹は待ってはくれない。ちんちくりんの少年を町から出すのは後回しだ、と思った。
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