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それにしたって二人並んで歩く姿はどう見ても十四、五歳くらいの初々しいカップルにしか見えないだろう。これじゃ一人でも二人でも危険度は変わらないな、と少女は思った。
***
酒場でアルコールを一切頼まないので邪険に扱われたが、二人は山盛りのポテトフライを頬張り、骨付きのチキンにかじりついた。どれも香辛料がきいている。酒向きの味付けだ。
「何でこんなところに一人で来たんですか?」
危なっかしいのに、という言葉が出掛かったところで止めた。少女の質問に少年が答える。
「『魔女の棲む山脈』の麓には見たことない花が咲くって聞いたの。だからね、ぜひ見たくって」
少年ははにかんだ。地味で内向的な趣味と思えるけどそんな理由でこんなところに一人で来たんだ、たいしたものだな。少女はそう思いながらグラスに注がれたジンジャーエールを啜った。
「そっちも何で来たの?」
逆に問われる。
「ボクは山脈に棲む≪魔女≫に会いに行くんですよ。呪いを解くために」
初対面とはいえ隠し立てするような理由はない。むしろこの姿が生まれつきのものだとは思われたくない。少女ははっきりとここに来た理由を告げた。
「呪い?」
「はい。三ヶ月前のある晩に≪魔女≫が現れてボクに呪いをかけて去っていったんです。その呪いというのが『女の姿になること』だったんです。つまりボクは元々は男だったんですよ」
「えっ! 男の子だったの?」
「男の子って年でもないんですけどね。十九歳でしたし。あるべきものはないし、ないはずのものはあるし。おっぱい触ります? 柔らかいマシュマロみたいですよ?」
ポンチョをまくり上げ胸を突き出した。
だがブラウスの下の胸は少しばかりの膨らみがあるのがわかるくらいで、決して豊満というわけではない。
少年は顔を赤くして首を横にブンブン振った。
「≪魔女≫ってそんなことするの……」
「信じられなくても現に目の前にいますからね、その被害者が」
少女はややふてくされながら顔にかかった髪を掻き上げる。
少女は「その時」のことを思い出していた。
完全な愉快犯と思われる。姿ははっきり見えなかったが、暗闇に浮かぶ白い靄が自分を嘲笑するように見えた。あの光景を一日たりとも忘れたことはない。
呪いをかけられたあの晩、初めて鏡で見た姿を自分と認めるまで時間がかかった。後から姿を見た父も母も弟も一様に唖然としていた。
実年齢よりもだいぶ幼く輝くような美しさを持つ少女に変わってしまった跡取りを受け入れられなかったのはわかった。
やや躊躇ったのち、少女は少年に告白した。
「元々ボクの家は騎士団長の家柄です。その跡取りが≪魔女≫の呪いを受けるなんて世間様には言えませんよ」
彼女達の住む土地では人間相手に戦う組織を「軍」、そして≪魔女≫への対抗する組織を「騎士」としていた。その≪魔女≫への戦力の最高峰たる騎士団長の身内が≪魔女≫の呪いを受けたなどあってはならない。とんだ笑い種だ。
だからその日から半地下の自宅の物置に押し込められた。世間体を気にした両親がその姿から、事実から目を背けるために。そこから自分を助け出したのは三歳年下の弟だった。
☆彡☆彡☆彡
がちゃり、と鍵の回る音が聞こえた。
「兄様、元気ですか?」
開いた扉からのぞき込むように弟は顔を見せた。周囲を気にして小声で話しかけてくる。
「どうした、こんなとこに来たら父さんも母さんも烈火の如く怒るぞ」
「兄様、早く呪いを解いてください。僕に父様の跡を継ぐなんて無理です」
弟は半泣きで訴えてきた。ここから兄を助け出すのは、父の後釜が自分に回ってこないようにあるべき姿に戻ってほしいということだ。
確かに弟はそうなるための教育を施されていない。いつも兄に甘え、その後ろをついてきていた。自信がないのはわかるが、呪いを解いてほしい理由としては身勝手ではないか、と思った。
とはいえ、騎士の身として≪魔女≫の呪いを受けたのはこれ以上ないくらいの屈辱。それを克服するにはやはり自らの手で呪いを解くしかない。ならば弟の誘いに乗る以外なかった。
何とか子供の頃の服を見つけて着る。着られる服はこれくらいしかない。幼い頃から貯めてきたお小遣いをかき集め、袋に詰め込んだ。部屋に置いてあった愛剣を持ってみたが、持ち上げるのがやっとで振り回して戦うなんて出来なさそうだ。これが一番ショックだった。
「これからどこに向かいますか?」
「行く先は一つしかないだろ。『魔女の棲む山脈』に行く」
「そんな……凶悪な≪魔女≫がいるところに乗り込むなんて……行っちゃヤダぁ!」
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