12撃目 接近

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 今しがた梯子を上り屋根の上に立った人物はあまりにも意外な姿をしていた。若い女性……というよりも少女だった。それに軍人であるならば軍服を纏っているはずだが、彼女は時代遅れの甲冑姿だった。 「ヒルメ隊長」  彼女の存在に気付いた青年軍人は屋根から滑り落ちないようにしながら彼女に道を譲った。 ──随分若いが、隊長? これで隊を率いているなら大したものじゃないのか?  隊長らしき女の軍人はまっすぐにルムを見つめている。ルムを捕らえるのは任務なのだろうが、怪物や拳銃を二丁構えている女、刀を帯びている男など目もくれていないようだ。 「貴方達、下がりなさい」  その女の軍人は≪炎の魔女≫と≪水の魔女≫に向かって冷静に言い放った。その声もまだまだ幼く鈴の音のような愛らしさだ。  怪物の腕から身を乗り出したルムが女軍人に向かって叫んだ。 「そいつらは≪魔女≫だ! 関わっちゃいけない、離れるんだ! 貴方は騙されてる、そいつらは人間なんかじゃない! 関わっちゃいけないんだ」  それでも女軍人は動揺する素振りも見せずじっとルムを見つめている。 「≪魔女≫だって?」 「≪魔女≫が何だって?」  ルムの声に反応したのは地上の兵士達だった。彼らは≪魔女≫という言葉に狼狽え辺りを見回している。  だがその直後、悲鳴が上がった。その悲鳴の他に、大型の動物の足音にも金属を打ち鳴らす音にも聞こえる騒音が響いた。怪物も、ルムも、仲間達も、青年軍人も、女軍人も、≪魔女≫達も屋根の上から地上を見た。逃げまどう兵士達の中央に、まるで闘牛のように暴れ回る巨獣がいた。ただ、巨獣と言うにはあまりに無機質なのだが。 「プニ!」  地上で暴れ回る巨体は、メンテナンスを終えて綺麗になってはいるが、紛れもなく精霊の森で仲間に加えた異形の生物だった。周囲にいる兵士達を蹴散らすように足を踏みならしたりスピンしたりしている。 「おい! 今のうちにこっちに来い! 飛び降りろ!」 「はっ? プニが喋った?」  ルムの間抜けな声に答えるようにプニの運転席から顔を出したのは、たった一度だけ会ったことのある≪大海原の魔女≫サハだった。なぜ奴がここに、しかもプニに乗ってやって来たのか全く理解ができないが、これ以上ない好機だった。怪物はルムを抱えて躊躇いなくプニの背にあたる車体の屋根に飛び降りた。 「嬢ちゃんを渡せ。サンダー、お前は仲間を受け止めろ!」  疑う暇はない。怪物は言われるままにサハにルムを渡しすぐさま上を向き、腕を広げた。 『グアァッ!』 「大丈夫、受け止めてくれるって。ツルバキア、アンタがまず行きなさい!」 「ひぇぇぇっ!」  半ばモディに突き落とされるようにしてツルバキアが屋根から飛び降りた。怪物が彼女を抱き留め運転席側から車内に押し込めると、サハが残りを引き受け車内にツルバキアを完全に引きずり込んだ。  次にモディが飛び降りた。怪物がまたも容易に抱き留めた。 「サンキュー。サンダー!」  そう言うと彼女はサンダーやサハの手を借りずに、開いていた後部座席の窓から滑り込むように車内に入った。  ロサ、リンドウも言わずもがな飛び降り、次々と車内に滑り込んだ。 「サンダーはここで元の姿に戻るわけにはいかねぇだろ? しばらく屋根の上にいてくれ! しっかり掴まってろよ!」  怪物は腹這いになり、伸ばした両腕で車体の縁にしっかりとしがみついた。同時にプニは方向転換し、いきなりトップスピードで駆け出した。兵士も、≪魔女≫ですら追いつけない。 「ま、待て。止まらないと撃つぞ!」  進む先、正面に道を塞ぐようにして兵士達が二列で銃を構えていた。どの顔も恐怖に歪んでいる。撥ねられる恐怖か、謎の巨体と対峙する恐怖か、またはそのどちらもか。  再度サハが運転席から上半身を乗り出した。 「そこを退かねぇと怪我すっぞ!」  サハが右手で拳を作り殴るように勢いよく突き出した。彼が突き出した腕の延長線上の地面が一直線にせり上がる。道路の中央線を中心に地面が山のように盛り上がり、硬い煉瓦がぐなぐなに曲がって波打っているように見えた。横一列に並んでいた兵士達は盛り上がった道路の斜面に足を取られ、バランスを崩して倒れては道路の端に転げ落ちた。プニはその盛り上がった道路の頂を八本脚で器用に悠々と駆け抜けた。 「あ、貴方ってすごかったんですね」 「あ? 何がだ?」 「広範囲に影響する魔法を一瞬で起こせるなんて。道路の形状が全く変わりましたよ」
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