12撃目 接近

19/23
前へ
/313ページ
次へ
「こんなん朝飯前よ。俺の実力はこんなもんじゃねえぞ。それに最初に白髪のお嬢ちゃんが言ってただろう、『相当の力を持っている』って」  兵士達を撥ね飛ばすのはプニなら容易にできるはずだ。あんな人間のバリケードなんてプニの前では無力であったはずだ。  しかしそれをすれば、踏みつぶされて命を落とす兵士もいたかもしれない。転がり落ちたときにできた擦り傷や打ち身の方が幾分もマシなはずだ。つまりサハは兵士の被害を最小限に抑えるために魔法を使ったのだろう。相手が妨害してきたといえど、彼は人間の犠牲を払うのを良しとしていないのかもしれない。  そんな風にサンダーは考えた。  プニは止まらない。そのまま城壁を目指し、サハが魔法を駆使しながら関門を突破した。  サンダー達は城塞都市から脱出するのに成功したのだった。 ***  ほんの数十分の出来事だったはずだが、終わらない悪夢のように感じた。そこから何とか抜け出したルム達はプニの中でぐったりと座席にもたれかかったり、ラゲッジルームに横たわっていた。誰もが憔悴しきった顔をしている。  すでに空には月が明るく輝き星が散りばめられている。あれから首都を離れるべく何時間もプニで駆けている。追っ手は今のところない。道なき平原や森を通って国境に向かう、とサハは言った。 「ありがとうございます。助かりました」  ルムは後部座席から体を起こし、運転席のサハに向かって礼を言った。 「まあな。あの状況じゃ自分らじゃどうにも出来なかっただろ」  サハは礼に気に良くするでも悪くするでもなく、前を向いたままあくまでフラットに言った。 「そうですね。貴方が来ていなかったらどうなっていたことか……。でも何で貴方があの場にいたんですか?」 「前に言った≪闇の魔女≫って奴がこの国に現れたらしく、サンダーに注意しろって忠告しに来ようとしただけだ。そしたら嫌な奴がお前らと遭遇してたからな……」 「≪炎の魔女≫に≪水の魔女≫があそこに現れるなんて思ってませんでしたよ……。ユーの言う通りでしたね、軍に≪魔女≫がいるって。でも軍に入り込んでるのがあいつらってのは意外って言うか……らしくないような。サクラやあの女軍人、大丈夫でしょうか」 「あいつがアマテラスだ」  サハは右手だけハンドルに添えたまま、前を見据えて言い放った。声に抑揚はなかったが冷たい言い方だった。  ルムは硬直した。以前覚え、忘れないようにしていた名前。ツルバキアが教えてくれたキンダーハイクの事件の裏で糸を引いていた黒幕の≪魔女≫の名前。たぶん他の仲間も思い出したのだろう。誰もが言葉を失っていた。  その沈黙を『ルム達が理解できていない』という意味に受け取ったのか、サハはもう一度言葉を変えて言う。 「あの女軍人は≪光の魔女≫アマテラスだ」 「う……嘘」 「あいつとまともにやり合えるわけがねえ。あの場にいた≪炎の魔女≫や≪水の魔女≫とは桁違いの奴だ。どういう状況かわからなかったが、とにかくあいつから離れる以外に選択肢なんか無え」 「ということは、キンダーハイクの叛乱に軍が介入したのは必然ではあっても、そこに至るまでには≪魔女≫の意志が働いていたのかもな」 「そこんとこは知らねえが、≪魔女≫っつーのは基本群れねえんだ。だがここんとこと≪魔女≫が一箇所に集い始めてた。それがアマテラス中心に動いているんなら厄介だぜ」 「≪魔女≫は群れないって確かにテラは言っていましたね。じゃあ≪光の魔女≫がやってることは異常ってことですか?」 「≪魔女≫からすればな。今までやった奴はいないし、やる理由がない」  サハは豪快に舌打ちした。不機嫌を隠すつもりがないらしい。  しかし彼の不機嫌の矛先は明らかに≪魔女≫であった。≪魔女≫でありながら≪魔女≫を咎め人間を≪魔女≫から救い出したことには理由があるのだろうか。 「アマテラスとは何を考えているんでしょうか」 「何を企んでるかまでは俺だって知らねえ。だがあいつの行動の根っこは『正義感』からだ。それも独善的な、だ。自分が守りたい一のために、涼しい顔して罪のない九百九十九を犠牲にするような奴だ。どうせくだらない使命感に駆られて≪魔女≫も人間も巻き込んでるんだろ」 「何でそんなに詳しいんですか? 貴方とアマテラスの関係って……」  そう問われたサハは左手をハンドルに添え、両手でそれを掴んだ。その手にやや力が入っているように見える。
/313ページ

最初のコメントを投稿しよう!

825人が本棚に入れています
本棚に追加