12撃目 接近

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「いや、ここまで来れば十分だろう。俺はこの辺で帰るとするかな。あとは自分達でどうにかしな」  のんびり飄々とした様子でサハはそう告げた。正確な距離はつかめないが、確かにもう軍が簡単には追いつけないところまでは来られたはずだ。 「ありがとうございます!」 「まあ何の力にもなれなくて悪いが二つだけ言っとくわ。一つめは≪闇の魔女≫ツクヨミには気を付けろ。あいつはヤバい、関わるな。二つめはどうしても行き詰まったら≪製鉄の魔女≫カナヤゴを探せ。カナヤゴはテラとも接点のある奴だ。何か知ってるかもしれねえ」 「≪製鉄の魔女≫……」 「じゃ、達者でな。またどっかで会うかもしれねえがその時まで、な」  サハはそう言って平原を歩いて去っていった。 「……これからどうします?」  残された人間達は途方に暮れた。ルムの独り言のような問いに答えたのはサンダーだった。 「軍に入り込んだ≪魔女≫達を駆逐できるほどの力、または後ろ盾を見つけよう。何の目的かわからないが、キンダーハイクの事件のようなことが増えるのは止めたい」 「それにマリ姫を救い出さないとですし……」  そこまで言ってルムはあることを思い出した。 ──あの夢の女の子……全く近付くことすら出来ずに置いてきてしまった。彼女がボクの姿を戻す鍵となっているなら会わなくちゃならない。絶対にもう一度バイセンヘクセブルクに戻らなければ! 「何よりまずは軍の手の届かないところに向かおう。そうだな、この東に砂漠地帯があったはずだ。そこを越えればひとまずは安全だろう。砂漠を越えてまでの捜索はきっと後回しだ」 「その先は?」 「サハは『どうしても行き詰まったら』と言ったが、俺達に次の一手はない。≪製鉄の魔女≫を探してみよう」 ***  夜も更けるというのに、アマテラスは冴えた目をしていた。窓の外の月を背に、ベッドに寝そべるワカイカヅチを、もう一つのベッドに腰をかけるアキツヒメを、ちょうど正面に立つカグヅチを順に見遣る。彼女の表情は険しく、怒っているようだ。 「この前『闇の子』を捕獲しようとしたとき魔法を使ったわね、カグヅチ、アキツヒメ? あなた達があれを引き起こしたと人間に気付かれたらどうするつもりだったの?」 「ごめんよアマテラス……」  言われるや否やしょんぼりと肩を落とすカグヅチとは反対に、アキツヒメは反抗するように露骨に顔を歪めた。 「私はそのバカが火さえ点けなければ魔法を使うつもりはなかったわ。でも私が火を消したから、消火の手間が省けた兵士があいつらの捕獲に加勢できるようになったでしょ? 結果はアレだけど」  アキツヒメはカグヅチを一瞥した。  そこで一旦言葉を切り、アキツヒメは怪訝そうな表情をした。 「でもあそこに何で≪大海原の魔女≫が来たのかしら……。あいつが向こうについたんじゃあの場じゃ手も足も出せないわよ」  アキツヒメだって『闇の子』をあの場で逃すつもりはなかった。でも逃すしかできなかったのは、このアマテラスに匹敵する力を持つ≪大海原の魔女≫がなぜか『闇の子』の味方に回っていたからだった。下手に攻撃を仕掛ければあっさり返り討ちにされるほどの力の差があることは理解している。 「スサノオについては大丈夫。次は私が対応するから。それより……」  アマテラスは少しだけ目を伏せ、眉間に深く皺を寄せた。 「『闇の子』が『≪魔女≫がいる』と騒いだせいで人間達の間に動揺が広がってしまったわ。≪魔女≫に必要以上に怯えられると彼らに『山脈の魔女』と戦ってもらえなくなってしまう……」 「そりゃそうよ。貴方が蒔いた種よ。自分がオグルをけしかけて人間共を散々ビビらせて、それを『≪魔女≫のせい』って吹聴して≪魔女≫への恐怖と敵愾心を煽って、今度は≪魔女≫に怯えられたら困るって虫が良くないかしら?」  アキツヒメが小馬鹿にしたように言い放つ。  しかしアマテラスはその言い草に気を悪くする様子は見せない。アキツヒメは思う。この女はたぶん、私達の意見なんて聞く気がないのだと。私達に話をするときは既にこの女の中で結論が出たことしか言わないのだと。それ以外のことは全くの駄弁に過ぎない。そして駄弁など聞く必要がないと── 「これ以上人間が≪魔女≫に近付いてますます怯えられては困るわ。≪魔女≫に関する情報を人間達に一切触れさせない。それが事実でも絵空事でも」 「近付くってのは物理的な話じゃなくてってことでいいかしら? で、どうするの」
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