12撃目 接近

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「人間達が≪魔女≫の研究をすることを禁じるの。この国の軍が発令すれば皆従うでしょうし、この国から他国へと広がっていくわ」 「貴方みたいな隊長とはいえ末端の兵の戯言が通るとは思えないけど……」 「通すの」  相変わらず無茶苦茶なことを言う、とアキツヒメは思った。  しかしアマテラスはそれがいかに正しく、誤っているのは反対する者だと信じて疑っていないように見えるし、おそらくその通りなのだろう。だからこそ彼女の顔や心が翳ることはないし、自信に満ち溢れている。そこから生まれるカリスマ的なものに囚われたら最後だ。カグヅチのように骨抜きになるし、おそらくここの元帥もそうなのかと……。 ──軍のトップでありながら、アホのカグヅチと同じなのね  アキツヒメは間抜けなこの軍の最高司令官の顔を思い浮かべた。 *** ──ルム達はあの花束に込められたメッセージに気付くかしら……  アマリリスは小さな椅子に座り俯いていた。  彼女が今いるのは、頑丈な煉瓦の壁に覆われた狭苦しい小さな部屋だ。壁に絵が掛けられているわけでもないし花瓶に花が活けてあるわけでもない。窓はあるが内側にも外側にも鉄格子が填められているし、ガラス窓は固定されて開けることはできない。 ──まるで鳥籠の鳥ね。死者よりはましかもしれないけど……  アマリリスがそう思う理由はここに運ばれるまでのその手段にあった。彼女はあの若い女の≪魔女≫が兵士に命じた後、感染対策の厚い白装束を纏った兵士達が持ってきた大きな(かめ)に押し込まれて、この部屋まで運ばれた。まるで埋葬される死者になった気分だった。それほどまでに軍は彼女の扱いに慎重になっていたようだった。だからこの部屋が要塞の中にあるのか、それとは別の建物なのかもわからない。  自分の腕や手に生じた『光る筋』が時折視界に入っては深くうなだれた。奇病と扱われているが、熱もだるさも痛みもないのでベッドに横になる気も起きない。 「失礼いたします」  突然、だが聞き慣れた声に驚きアマリリスは顔を上げた。同時に部屋の扉が開く。そこに立っていたのは自分の国からずっと付き従ってきた二人の従者だった。 「プリムラ、プラム! なぜここに……」 「我々が姫様の日常のお世話をするようにと軍に申しつけられました。大変非礼とは思いますがしばらくの間、姫様の一切のお世話をさせていただきます」 「……訳の分からない病に罹ったわたくしに自国の兵士やメイドをつけることも厭うようですわね。うつったところで痛くも痒くもない者をわたくしの世話に充てるのは賢いですわね。貴方達も嫌でしょう、ただ従者というだけでこんなおぞましい姿になった女の世話をするのは」  自嘲気味にアマリリスは言った。それを聞いた二人の従者は顔色を変えて首を横に振った。 「軍の意図は存じませんが、おぞましいとか思っていません! それに我々は姫様を置いてのうのうと自分達だけで国に戻りたいとなぞ思いません!」 「それにあのような態度をとる連中に姫様の世話を任せることなんてできません。身の程を弁えないと重々承知していますが、姫様のために尽くします。」 「我々は姫様の部屋の前に控えております。姫様の部屋の扉は外からしか開かないようになっていますので、何かありましたら用向きを書いたメモを扉の下から出してくださいと」 「何が起きたかはわかりかねます。ですが耐えましょう、三人で。そして一緒に国に帰りましょう」  プリムラとプラムはアマリリスを心から心配しているようだった。こんな姿になっても変わらずアマリリスを慕う二人に心の中で感謝した。 「……ありがとう、二人とも。ただ言えるのは、悪いのはわたくし達ではない。これも決して伝染病の(たぐい)ではない。折れずに待ちましょう」 「待つとは……?」 「真実が白日の下に晒されることを。その時私たちは解放される。ルム達がきっとしてくれますわ」 「ルムさん達が?」  アマリリスは無言で深く頷いた。 ***  部屋のドアを軽くノックする音に気付き顔を上げると、母親が少しドアを開け遠慮がちに覗き込んできていた。 「ユー、貴方、そんなことしていて大丈夫なの? 今何が起こっているか知ってるの?」  ユーは自分の机の上に広げた≪魔女≫に関する文献の数々に視線を落とした。母が指しているのはこれらのことだろう。 「知ってるよ。バイセンヘクセブルクが『魔女接近禁止令』を出したんでしょ」
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