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なぜ僕個人にこだわるのだろう。
いぶかりながらも春樹は自分の携帯番号をメモに書いて渡し、女に調査依頼書の記入を促した。
実際、個人的に仕事を請け負うなど有り得ない。春樹は当然、事務所の仕事として依頼を受けるつもりでいた。
女は「面倒くさいね」といいながらもペンを取った。
名前―――藤川咲子。年齢―――39歳。そのあと現住所、電話番号、勤め先。春樹はじっと女が書く文字を静かに目で追った。
藤川咲子の香水は少しばかり強すぎて、頭がクラクラする。
39歳か。もう少し上に見える。そんなことを思いながら咲子の手元を見ていると、その動きが一瞬止まった。
『【調査対象者とのご関係】-(任意)』の項目だ。
再びサラサラと動き出した手が記した文字を見て、春樹は戸惑った。
--- 愛した男、憎い男 。探し出して殺してやる。---
春樹の表情を感じ取ったのか、藤川咲子はニヤリと笑い、わざとらしくその文字にゆっくり二本線を引いて消した。
からかわれた!
春樹がそう気付いて咲子に視線を合わせると、咲子はもう興味も無さそうに、「こんなもんでいいでしょ?」と言い捨て、ボールペンを書類の上に転がした。
◇
「あの子、可愛いですよね。毎日面会に来る、色白の草食系男子くん。最初見たとき高校生かと思いました。まさか戸倉さんの部下とはねえ」
点滴の準備をしながら、美沙の担当の若い看護師、北村が言った。ほんの少しぽっちゃりしたその看護師は、春樹を気に入ったらしい。
「ああ、春樹ね。かわいいでしょ? でも手を出しちゃだめよ。見た目と一緒で、まだほんの子供なんだから」
「あらぁ、ダメですか。ざーんねん。でもあんな部下がいたら仕事も楽しいでしょうね。いいな~、戸倉さんが羨ましい」
たぶん本気でそう思っているだろう北村をちらりと見ながら、美沙はやんわりと口元を緩めた。
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