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「へー、春樹ひとりで依頼を受けたのか。で? どんな調査? 大変そう?」
隆也は身を乗り出し、春樹に好奇心いっぱいの目を向けてきた。春樹はうっかり喋ってしまったことをひどく後悔し、自室の天井を仰いだ。
予備校の帰り、いつものようにふらりと春樹の部屋へ遊びに来た穂積隆也は、本日ビール持参だった。
また母親と派手に喧嘩でもしたのだろう。隆也が酒を飲むのは、そんな可愛い憂さ晴らし目的の事が多かった。
ほんの少しアルコールが入ると色白の頬が赤くなり、目が潤んでくる春樹を、隆也はいつも「女の子みたいだ」と笑う。
それが悔しくて平気な振りで飲み続け、結局いつも気分が悪くなり、突っ伏して再び隆也に笑われるのが常だった。
穂積隆也。酔うとタチの悪い悪友。そして春樹にとって唯一無二の、掛け替えのない親友。
春樹の秘密を知って尚、今までと変わらず付き合ってくれる、大切な友達だった。
「ほら、蟻だ。蟻だと思えばいいさ」
秘密を知ったあとで隆也はそう言った。
「アリ?」
「そうだよ、蟻はさ、言葉の代わりに触覚を触れあわせて心をやり取りするんだ。春樹もそうさ。でっかい蟻。残念だなー。俺もそんな能力があったら、内緒の話とか出来るのにさ」
そう言いながら、ふざけて春樹に触れてきた友人の温かい手から読み取ったのは、本当に無数のアリだった。
春樹の方が面食らう。この友人は適当にしゃべることなんてない。冗談抜きでそんなかわいい事を思っているのだ。
春樹は可笑しくて可笑しくて、泣き笑いしながら隆也に抱きついた。
そして引き続き隆也から流れ込んできた感情は、無数にじゃれ合う蟻と、青く澄んだ空と、『春樹、元気出せ』の想い。
春樹はいつにも増して、この友人だけは決して失いたくないと強く思った。
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