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十月も終わりだというのに、何てバカみたいに暖かく、世界は光に満ちているのだろう。
女は酔い覚ましの缶コーヒーを、座っていたベンチの端に置くと、タバコに火をつけ、自分の世界とは対局にあるような穏やかな街並みをぐるりと見渡した。
車道を挟んだ向かいには、若者で賑わうファーストフード店。そして自分が座っているベンチの横には、色とりどりの花を軒下に並べた花屋がある。
全てが陽気に輝いているというのに、くすんで腐りかけている自分が滑稽で、笑いが込み上げてくる。
自分だけが世界の歓喜に背を向けている。
吸い込んだタバコの煙が吐き気を誘い、にわかに腹が立ってベンチの上でもみ消して潰す。
苦い息を吐き出して視線を巡らせると、すぐ横の花屋の軒下に、つと、一人の少年が立った。
少年はまるで吸い寄せられるように、店先に並んだ色とりどりの花を見つめている。
女は目だけでその横顔をじっと追った。
少年が無心に花たちを見つめるその表情は、天空から照りつける太陽よりも清純で眩しく見えた。
その透き通るような肌の白さだろうか。キラキラと亜麻色に光る、絹のような髪だろうか。
それとも、これから花を贈る誰かを想い浮かべて微笑む、その薄紅色の唇のせいだろうか。
目が離せなかった。
女はたぶん自分が生涯触れることもないだろう清らかな眼差しを盗み見ながら、ひっそりと嗤った。
―――汚れを知らぬ天使よ。お前は私の姿など、見えぬだろう。
少年は、店内から出てきた花屋の若い店員に「いらっしゃいませ」と声をかけられると、少し恥ずかしそうに何やら質問した。
店員の女が苦笑して首を横に振ると、少年は再び恥ずかしそうに、ひとつ小さく頭を下げた。
そして花も買わずに、すぐ前の車道を横切り、ファーストフード店に隣接するビルに姿を消した。
「お客さん~。また、その人が元気になったら、いらっしゃいね~」
店員が少年の後ろ姿に掛けた優しげな言葉が、心地よく周りに余韻を残していた。
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