75人が本棚に入れています
本棚に追加
不意に入り口のドアがコンコンとノックされた。
春樹はハッとしてドアに目をやる。アポ無しで客が来ることは今までほとんど無かった。
薫だろうか。それともその兄、最近よく訪れるようになった局長の立花聡だろうか。
「はい、どうぞ。開いてます」
春樹が声を掛けるとドアはゆっくり押し開けられ、やがて様子を伺うように顔を覗かせたのは、40前後と思われる、化粧の濃い、気だるい目をした女だった。
女はアイラインとシャドウで沈着した目元に皺を寄せ、目を凝らすようにじっと春樹を凝視しながら、ゆっくりと後ろ手にドアを閉めた。
“負の匂い”
女を包む、ほの暗い隠微な空気が、春樹にそんな印象を与えた。
「探偵事務所だと思って来たんだけど。な~んだ。坊や、ひとりなの?」
そのねっとりとしたローズレッドの唇から出てきた言葉は、少しばかり春樹の自尊心を刺激した。
最初のコメントを投稿しよう!