第2話 依頼人の女

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「ご依頼ですか?」 春樹はその少々無礼な物言いの女に、努めて冷静に返した。 「あら、やっぱり探偵事務所で間違いなかったのね。よかった。可愛い坊や一人だったんで、学習塾にでも入り込んじゃったのかと思った」  女は玉虫色のラメの入ったロングスカートを揺すり、ぽってりとした唇をゴムのようにひき伸ばして笑った。  どこか陰気な笑いだ、と春樹は感じた。ムスク系の濃厚な香りが、部屋の中に広がってゆく。  苦手だな。  春樹は一瞬、本能的にそう思ったが、依頼人ならば大事なお客様だ。丁寧な対応をしなければ、と春樹は背筋を伸ばし、女を応接用のソファに座らせた。   「所長の戸倉は暫く不在なので、実際の業務は休止中なんですが……。もしお急ぎでしたら、本社の方に取り次がせていただきます」  「あら、坊や、本当にここの社員さんだったの? こっそり入り込んだ学生さんじゃなくて?」 「……いえ」  春樹はムッとする気持ちを抑えて自分の名刺を差し出した。  実際の年齢よりも、自分の外見が幼く見えることを春樹は充分承知しているし、今までにも春樹の若さに、『大丈夫なのか?こんな子供で』といった渋り顔をする依頼人は多かったので、別段気にもならなくなっていた。   しかし、こんなにあからさまにそれを口にされたのは初めてで、そこに含まれる僅かな嘲笑が、少々春樹の癇に障った。 「天野春樹君……か。いい名前ね。じゃあ、春樹君に調べてもらっちゃおうかな。別段急がないし」  女はトロンとした目で正面のソファに座る春樹をじっと見つめた。ムスクでは隠せない、アルコールとタバコと生活の匂いが重く春樹の周りに漂った。 「この鴻上支社では行方調査専門にしています。それ以外の調査でしたら、本社扱いになりますが……」 「それなら問題ないわ。人を捜してほしいのよ。男の人」 「そうですか」  言いながらも春樹は、断る理由をどこかで探している自分に気付き、戸惑った。
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