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「わかりました。お急ぎで無いと言うことでしたら、所長の戸倉が戻りましたら、改めてご連絡させていただきます」
「あんたが居るじゃない」
「え?」
「あんたは何にもできないお人形じゃないんでしょ? 探偵さんなのよね? それともやっぱりこの事務所の、ただのお飾りなの?」
女の目が少しばかり凶暴に鋭く光った気がして、春樹はゾクリとした。
けれども、よくよく考えれば女の言葉はどれも間違ってなどいない。名刺を出し、用件を聞いておきながら、本社へ行けだの、所長が戻るまで待てだのと言った自分の対応は正しいとは言えない。
しかし実際問題、自分一人での契約や調査は経験が無く、自信も無かった。
きっと美沙も快く思わないだろう。
「受けてよ。別に急がないしさ」
春樹の戸惑いを察したのか、女は少し口調を和らげて再びそう言った。
「では、所長に連絡しますので、明日まで待って頂けるでしょうか」
「その必要はないよ。あんたに依頼するから」
「……え?」
「立花探偵事務所でも、戸倉って人でもなくて、あんた個人と契約を交わすよ。あんたが捜して頂戴、あの男を。金は全額あんたに直で払うからさ」
春樹はとっさにその意味が理解できず、答えに窮して女を呆けたように見つめた。事務所の仕事としてやることと、個人としてやることと、この女にとって何か意味合いが違うのだろうか。
「ポケッとしてないで書き留めてよ。今から捜す男の事、言うから。名前は町田健一郎、43歳……」
春樹は慌ててメモパッドに女の口から流れ出る情報を書き留めた。
けれどそれは名前と年齢、風貌、以前の勤め先以外に参考となるものは何もなく、“ただの知り合い”程度の、漠然とした情報だった。
「別に逃げ回ったり、やばい感じの男じゃないから、すぐに見つかると思うよ。見つけたらすぐに教えてよ。金はあんたの言い値でいい。あ、そうだ、あたしのケイタイの番号言うから、あんたも教えてくれる? 名刺には事務所の電話番号しか書いてないもん」
「……はい。でも、契約書は一応書いて貰ってもいいですか?」
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