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夜の闘技場を照らす松明が音を立てる中、地面に大の字で寝転がる少女から漏れる吐息だけが溶けていく。
それを俯瞰(ふかん)する老人は傷一つない木刀を杖代わりに腰を下ろした。
「のう、勇者よ。何故儂に勝てないのか、少しは解ったか?」
「わたしがちょっとでも気づけてたら、村長はそんなこと言わないと思うけどね」
村長の言葉に対してユウキは皮肉の意を込めて軽口をたたいた。
それを村長は子供の戯言と切り捨て、ユウキの体を起こして自分に向けさせた。
「勇者よ、儂の下手(しもて)が他の者たちと違うことは明白じゃろう?」
村の者でさえ直視することを嫌う、痛々しい火傷と肩と足の断裂痕をユウキは見ていた。
普段は新緑の外套に隠されているそれは訓練のために曝け出され、動く度に固まった皮膚の上に血管が隆起していた。
「おまけに目まで見えなければ下手側から攻撃が来るのは読むことが出来る」
ユウキは胡坐(あぐら)をかいて村長の言葉に頷く。
揺れる金色の髪は少し土で汚れていた。
現にユウキは先の戦闘で左へ行くと見せかけて右へ、更に直前の切り返しの際に刀の向きからもう一度フェイントを入れて右から切り掛かった。
しかし村長に通じることはなく、あっさり防がれてしまうのだ。
「だから、右側から来ることも予測できるということじゃよ」
「ならどう戦えばいいの?」
「……この五年間、実践訓練の全ては体の成長に武器を馴染ませていくことじゃった。だが、漸く次の段階へ進めることが出来る」
「次の……段階?」
「右も左も読まれているなら、どこへ攻撃すればいいか……」
ユウキの問いかけに村長は答えなかった。
ただ立ち上がるとユウキの心臓がある位置に真っすぐと木刀を向けた。
「正面だ」
少女はその単純で最も効果的な答えに驚愕した。
考えに至らなかったのは力量不足を自身で理解していたから。
しかし、それでは勝利など出来ないことも解っていたのだ。
「善いか、勇者よ」
「これが戦闘と言うモノだ」
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