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その者が天からの啓示(けいじ)に打たれたのは、母親の胎内で命を宿した時だった。
『お前が身籠る子は《勇者》になる』
女性は人類を救う運命を背負った者の力強い胎動を感じた。
同時に、彼女は迫る痛みと共に一つの疑問を抱く。
何故自分の子供が世界の帰趨(きすう)を握る運命を背負ってしまったことではない。
(どうしてこの声に聞き覚えがあるのかしらね……)
彼女は熱を帯びる命を服の上から撫でていると、一人の男が部屋の扉を勢いよく開けた。
こちらを見る男の老け始めた額にはじわりと汗が浮かんでいて、焦りに満ちた表情を見た女性もその顔を青くした。
先の天啓を得たのは自分だけではない。女はこの世界で《勇者》になると言うのがどういう意味を持つのかを思い出した。
胸の内から湧き上がってくる嗚咽を堪え、二人は涙を流すことなく互いを支え合った。
誰も悪くない。
二人の間に出来た子供を導いた者に恨みの念を抱くことは、間違っていると知っていた。
勇者(これ)は、長きに渡って受け継がれてきた一つの秤。
生命の均衡を保つための触媒として、神によって与えられた力なのだ。
しかし、今までの勇者が辿ってきた道はあまりにも前途多難。
普通の子供として産まれてきたならば決して関わることのない道を、姿形も定まっていないうちに決められてしまった。
そして二人は腕を組み、手を強く握り絞めながら玄関の扉を開いた。
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