0人が本棚に入れています
本棚に追加
(天啓に打たれたのが身籠った私だけでないなら……)
夫婦が目にしたのは、両手ではとても数え切れないほどの燈火だった。
その先頭には顔に火傷痕の残る隻腕の老人が松明を片手に、開くことの出来る右目で二人をじっと見据えていた。
「村長……」
「村の者全員が神の声を聞いた……やることはわかっているな」
村長と呼ばれた男の隣に立つ女性が前に出る。
差し出された両手の上にはページも幾らか焼け、ボロボロになって表紙もなくなった一冊の本が置かれていた。
人々はそれを《勇者譚》と呼ぶ。いかなる地域に住む人類も一度は目にする書物だ。
「ここに書かれていることは、当然知っているな」
夫婦は口を開くことなく、ただ顔を下げた。
老人は居た堪れなくなる気持ちを押さえつけ、現実を突きつける。
「これから産まれる私たちの子供が、勇者譚に描かれた勇者のように世界を救うんですよね」
「これ……そうだ」
だが、発した声は他でもない母親となる者の声によって遮られた。
二人の方が現実も未来も誰より自覚していた。
天啓を聞いたとき、村人全員を目にした時から親としての覚悟は自明の理だったのだ。
夫が手を取り肩を抱き、妻は寄り添い命に手を添えた。
そして、僅かに潤んだ目で女性は言った。
「この子は、私たちが責任をもって産んで見せます」
「だって、《勇者》と一番に戦うのはいつだって母親ですから」
==========
最初のコメントを投稿しよう!