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『や…やめてください、聡美さん!!
礼を言われることなんて、何も………!!』
むしろ、責められて当然だ。殴られてもおかしくはないのに。
『………聡美さん。本当に、よろしいんですか?
今、放さなければ、俺は一生あいつを手放せませんよ』
『あら。そこまで想ってくれてるなんて、嬉しい限りね。
それだけでも、育てた甲斐があるものだわ』
そんな軽口を叩く。
微笑み合い、最後にアキラは真面目な顔に戻る。
『必ず、次は必ずあいつを護ります』━━━━
シャワーを止める。
水浸しになった髪から水がポタポタと滴り落ちる。
聡美さんと話した日が、遥か前に感じる。
まだ十日しか経っていねぇのに。いや、もう十日だ。
震える拳を握りしめ、大丈夫と言い聞かす。
「大丈夫、大丈夫だ。
あいつは、いなくなったりしない」
絶対、必ず戻ってくる。俺が信じなくてどうする。
風呂から上がり、タオルで頭を拭きながらカーテンを開ける。
空は白み、朝日が顔を出していた。窓から射し込む光が目に突き刺さって痛い。
「朝か……」
その時、電話が鳴った。スマホを手に取ると、表示されていたのはミカが入院している病院からだった。
あいつに何か!?
恐怖と焦りとわずかな期待を抱きながら、電話に出る。
「…はい、神津です」
しかし、そんなアキラの覚悟と期待を嘲笑うかのように、告げられた言葉は最悪だった。
内容は、ミカの容態が急変したからすぐに病院に来てくれというものだった。
心の冷えた感覚が、まるで昔に戻ったようにそっくりだ。両親の訃報を受けた時と…。
「すぐに向かいます………!」
それだけ言って電話を切る。
病室に着くと看護士達が忙しく行き来していた。
心電計の警告音が鳴り響き、医師や看護士達の言葉が飛び交い、心臓マッサージをする医師の影からさらに色を失くしたミカの顔が見えた。
「ミ…カ……?」
大丈夫、大丈夫だ。ミカは強い。
いなくなるわけがない。いなくなったりしない…………。
いなくなったりは………───っっ!!なわけがねぇだろっっ!!
人が簡単にいなくなることを身をもって知っているくせに、何が大丈夫だ。そんなものただの気休め以外の何ものでもない。
現実は単純明快で残酷だ。今のこの状況が事実であり、現実だ。どれだけ目を背けたとしても変わりはしない。
ミカに近寄ろうと歩み寄る。すると、看護士に止められた。
「今は危険です。下がっていてください!」
「『危険』?」
言われた意味が分からず、もう一度ミカを見る。
用意してあったのか、それとも自分が気が付かなかっただけで持って来たのか分からないがミカの傍には除細動器が準備されていた。
ボフンと音が鳴り、医師がまた心臓マッサージを再開するがミカの脈拍は戻らない。
「まだ回復しません!」
誰かのそんな声が聞こえる。
「100ジュール!」
「海原さん!海原さん!」
「チャージできました!」
「離れろ」
ボフンと音が聞こえる。
蘇生を図るために懸命に名前を呼ぶ。
アキラはその光景を呆然と見ているしかできなかった。
死ぬ……。死ぬ……?ミカが?
『アキくん』と呼んで笑って振り返るミカの顔が、一緒に遊んで楽しむミカの顔が、
『アキラさん』と呼んで微笑むミカの顔が、浮かんでくる。
あの笑顔が消える?ミカが消える?
…ふざけるな。俺は認めない。
それだけは、その結末だけはごめんだ。
「アキラ!!」
名前を呼ばれてやっと我に返る。
名前を呼んだのは龍で、その隣には聖もいた。二人が走って来る。
「ミカは……っ!?」
切羽詰まった龍の質問に答えられず、ただミカへ視線を移すことが精一杯だった。
「……とりあえず、外で待とう…」
聖にそう促され、ふらつく身体を龍に支えられながら廊下の長椅子に腰を下ろす。
………頼む。頼むから戻ってきてくれ…。
祈るように頭を抱える。
あいつが助かるなら、帰ってきてくれるなら、
他には何もいらねぇ。何も望まねぇから…。
だから、まだ連れていかないでくれ。母さん、父さん。
「先生!わずかですが反応が!!」
そんな声が病室から飛んでくる。同時に看護士が出てきて、「神津さん。患者さんの手を握って呼び掛けてください!」と言った。
眠るミカの手にそっと重ねる。ミカの手は温かった。
生きてる。ミカはまだ生きてる。
ミカ、戻ってこい。俺はお前に言いたいことが、聞きたいことがあるんだ。
ミカッ────!!!
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