第32話 眠る少女

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烏森の名前(旧名)を出せば、すぐに気付かれてしまう。 それに、たった一人の一般市民を調べるのは一日あればできてしまうだろう。 そうなると、俺の復讐は成功しない。 ヤクザ()に入ってから接触したのは正解だな。 だから、あえて本名を名乗った。アキラなら自分の事を調べると踏んでいたからだ。 そうすれば、時間稼ぎにもなる。 そして、俺が『烏森』であることにいつ気付くか、気付いた時思い出すか。 それを試そうと思った。 事が起こるまで気付かなかったことは、意外だった。 復讐は成功しても、それは逆に烏森の怒りと憎しみを増幅させた。 それほど、記憶に残らないほど、神津組(あいつら)にとっては、何でもないことだったということだ。 アキラと別れてからしばらくしてミカに声を掛ける。 「ミカ…。神津さんと親しいの?」 「え?」 「だって、名前で呼んでたし…」 アキラの名前を呼んだ時のミカの瞳は、泣き出しそうなそんな瞳をしていた。 ただ、それを言っていいのか分からなかったため、聞く言い訳として浮かんだ言葉がそれだった。 「ああ……、うん。まぁね…。 ちょっとだけ、好きだったんだ…。あの人のこと」 「……へぇ」 力のない、頼りない表情で無理やり笑みを浮かばせる。 《彼女》の方も相手を想っていることは予想外だった。 「今はもう、伝えられないけどね…」 「……………」 何があったのかは分からないが、もしかしたらチャンスかもしれない。 「どうしたの?」 足を止めた烏森に不思議そうな表情でミカも足を止める。 「俺じゃ、…ダメか?」 「え?」 自分に気持ちを向かせた後に、捨てるのも悪くない。 「あんな奴じゃなく、俺にしとけよ」 「…………ごめんね、アキくん…。 ………私、あの人じゃないとダメみたい…」 「…そっか」 急にそう言われて「はい、そうですね」と取り替えられた方が驚く。 時間を掛けてでも少しずつ自分に心変わりさせるか、もしくは………。
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