第32話 眠る少女

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━━━━━駅を下りるとアキラのスマホに電話が掛かってくる。 電話を切ってから尋ねた。 「誰から?」 「龍だ。今から鳳龍の倉庫に来てくれだと。 お前に渡したい物があるそうだ」 「渡したい物?」 「行けば分かるだろ」 倉庫に着くと鳳龍のメンバーもいて、アキラとミカが来たことに気付いた龍が声を掛ける。 「アキラ、ミカちゃん。来たか。 渡したい物っていうのは、これのことだ」 メンバー達が横にはけると一台の自転車が姿を現した。 「おおー」 アキラは小さく驚いた声を上げるが、ミカの表情は曇った。 「退院祝いだ。 前、移動は歩きだって言ってただろ? どうだ?気に入ったか?」 自転車の色は、アキラがプレゼントしてくれた指環と同じ色のシルバーピンクだった。 「とりあえず、乗ってみろよ。 外に出すから」 「いや…、香登」 呼び止めようと手を伸ばすが、誰も気付いていない。 タラタラと汗が流れてくる。 待って!お願いだから待って…! 話を進めないで! お兄ちゃんもメンバーも、そんなにソワソワしないでよ! 絶対、幻滅させるから!! どうしよ、逃げ出したい。逃げていい!?逃げていい!!?? 「どこ行くんだ、ミカ?」 せめて、どこかに隠れようかとこっそり離れようとしたのに、あっさりとアキラに見つかる。 「いや、何でも……」 苦笑いをしながら曖昧に濁す。元の位置に戻ると、乗せる気満々のメンバーの顔を見て、もうヤケクソになる。 もうっ、どうにでもなれ!! 人間、死ぬ気になれば何でもできるっていうんだから、火事場の馬鹿力的なもので何とかなる!それに賭ける!! ご丁寧にスタンドまで上げてくれた香登からハンドルを受け取り、サドルに跨る。 跨がった後、右足でペダルをグッと思い切り踏み込むと、左足も右足と同じようにペダルに乗せる。 カタカタとハンドルが震えるが、わずかに前へと進む。 ──お!やった、進んだ!! 内心で大喜びした、そのすぐ後だった。 自転車ごと自分の身体(からだ)が横へ倒れていく。 予想した通り、盛大に倒れてしまった。盛大にこけたと共に、盛大にこけた音がなる。しまいには、カラカラとタイヤが虚しく回る。 ……って、練習したことないのに、できるか!! しかも、一mは動いたかと思ったのに、一㎝しか動いてなかった。 その場にいた全員が、起きた状況に目を丸くする。 「…………………まさか、海原。 お前、自転車乗れねぇの?」 訊いてはいけないことを訊くような口ぶりで香登が言った。 「~~~~~~!!! だって仕方ないじゃない。 向こうじゃ自転車なんてなかったから乗ることなんてなかったし、こっちに来てからもずっと歩きだから練習なんてしなかったんだからっ!」 とりあえず、倒した自転車を起こすが乗れないのに持っていても仕方がない。 「なぁ海原。これを機に乗る練習をしたらどうだ?」 「え?」 「だってお前、これ逃したらずっと乗れないまんまだぞ?」 「乗る機会がないと思うから、別にいい」 逃げに走るが龍が許さなかった。 「せっかくリョウガ達が買ってくれたのに、無駄にするのか?」 そう言われてしまっては、逃げたくてもこれ以上は逃げられない。 「………………練習します…」 観念したように呟いた。 「でも、意外だな。 お前が自転車乗れないなんて」 「またそうやって、人の傷口に塩を塗る」 「めったにない弱味だからな。今使っておかねぇと」 「使わなくていい!!」 香登と言い合いする様子を見ていたアキラ達が笑う。 それを見て、香登とミカも笑った。 ……ねぇ、アキラさん。 この時は、もう怖いものなんてないと思っていたんだ。 お母さんとも和解できて、南方先生達にも許してもらえた。 でも、もしこの時。 あのまま施設に戻っていたら、またあなたを傷付けなくてすんだのかな…。 また悲しませなくてすんだのかな……。 あなたと交わした離れないっていう約束を、破らずにすんだのかな……?
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