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「なあ、何か面白い話、ないのか?」
グラスを置いたアキラは焦点の定まらない目でこっちを見た。狭い居酒屋の片隅。日付はとうに変わっている。終電を逃した僕らは暇をもてあましていた。
「そんなこと言ったって……」と考えるうち、最近耳にした話を思い出した。それはアキラと僕の共通の友人から聞いたものだ。
「そう言えば、この前コウジが言っていたんだけど、出るんだって」
「出るって、なにが?」
「これだよ」
言いながら両手を突き出す。手のひらは下向きに、手首をだらりと曲げた状態で。
その意味は間違いなく伝わったはずだが、アキラは「はぁ?」と眉根を寄せた。
「だから、幽霊だよ」
「なんだよそれ。ばかばかしい」
友人はフンと鼻で笑う。そうだ。こいつはこの類の話は全く信用しないタイプだった。だからと言って他に話題もないし、強引に進めるしかない。
「ばかばかしくないって。見た人も大勢いるらしいよ」
「何かの見間違いだよ、そんなもの」
「いやいや、そんなことないって。コウジも見たって言ってたもん」
僕の言葉にアキラは辟易した顔を見せた。
「じゃあさ、どんな姿なんだよ?」
「いや、それは言わなかったな。見てのお楽しみだって」
「ほらみろ」と友人は嘲笑を浮かべる。
「そもそもいないんだよ、そんなもの」
小馬鹿にしたような口ぶりにカチンと来た。僕だってその手の話は妄信しているわけではないが、完全否定されると弁護に回りたくなるというものだ。
「絶対いるって。僕も見たんだから」
思わずウソを言ってしまった。アキラはへぇと目を丸め、ゆっくり僕に顔を寄せた。
「だったら教えろよ。どんな姿なんだよ」
「だから、見てのお楽しみだってば」
「見ての……って言うことは、俺にも見えるのか?」
友人は親指の先を自分に向け、ニヤリと笑った。
その挑戦的な眼差しに負けてなるものかと、根拠のないことを口にしてしまう。
「もちろん見えるさ。だって、出るんだから」
「ようし。じゃあこれから見に行こう」
こうなると引っ込みがつかない。仕方なく僕はアキラを連れて、コウジから聞いてあった場所……四谷の某所に向かった。
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