四谷の階段

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「うわっ。トマソンじゃん!」  そこに着くなり友人が大声を上げた。  トマソン?外人の霊か?と思いながら彼が見つめる先に目を向ける。そこには階段があるだけで、幽霊どころか人の姿も見えない。 「誰?トマソンって」  訊ねる僕に「ああ……」とアキラは振り向いた。 「お前知らないのか?元々は人の名前だけど、今俺が言ったトマソンは人じゃない。あの階段のことだ」 「え?階段に名前がついてるのか?」 「いや、階段の名前じゃなくて、あの類の建造物をそう呼ぶんだ」  要領を得ない僕に、「よく見ろ」と友人は階段を指差した。 「あの階段、どこにも行けないだろ?」  確かに、ビルの脇に設置されたそれは五段ほど。あがりきった先にはドアなどなく、そのまま下りの階段へと続き、地面に戻るようになっている。 「あれとは逆に、階段もないのに高い位置にある扉とか、ほかにも窓も扉もないのに壁についている庇とか、埋め立てられた川に残っている橋だとか、要は役に立たない建造物の総称をトマソンって言うんだよ。ググればでてくる」 「へぇ」と感心する僕をアキラが睨む。 「へぇじゃないよ。肝心の幽霊はどこだよ」  言われて辺りを見渡す。人通りは途絶えていた。霊らしき姿も見えない。  友人をチラリと見る。そらみたことかと言いたげな視線が痛い。たまらず彼に背を向け携帯電話を手に取った。  数秒待つと、眠そうな声のコウジが出た。 「おい、四谷に出るんだよな?」 「出るって何が?」 「だから、幽霊だよ」 「ああ、毎日出るよ。今の時間帯なら」 「どこだよ?いないぞ。お前が言った場所には階段……」 「ウソ……だろ……」  不意に聞こえたアキラの声に振り返ると、彼は愕然とした顔で階段のほうを見つめていた。  やっぱり出たのかと急いで彼の視線の先を追う。ところが思惑とは逆に、そこにあったはずのものが跡形もなく消えていた。  呆然とする僕の耳に電話の声が届く。 「言っとくけど、元々そこに階段なんてないんだからな」 「トマソンの幽霊かよ……」  隣でアキラが呟いた。
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