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夜の闇が最も深ける丑三つ時。この時間帯は魑魅魍魎が最も活発になる時刻としても有名である。
人が一人も寄る事の無さそうな路地裏にヒタヒタと地面を叩く音が静かに響く。
「――ぜぇ……はぁっ……ぬかったわ……」
誰かに言う訳でもなくソプラノトーンの高い女性の声が路地裏に反響する。
「まさか、ここまで力が弱っておるとは……」
白と朱に彩られた和服を握り絞めながら彼女は言う。
胸元の布はジワリジワリと朱に染め上げ、袴の最下部から覗く白い足からも鮮血が流れ落ちる。
力が入らなくなった身体を壁に押し付けながら引きずるように歩く。
だが、途中で何かに足を取られ、華奢な身体を地面へと叩きつける。
「いかん……立ち上がる事さえできぬ……」
地面に手を付け足に力を入れようとしても、上手く力が入らず滑り落としてしまう。
やがて察したように立ち上がるのを諦め、彼女は重くなった瞼を閉じた。
※
夜が明けた朝の六時半、空は日が出ておらず灰の色をした雲が覆い尽くしていた。
それを窓から恨めしそうに見上げる少年が居た。
「昨日の予報では晴れだったのに、信用ならねぇなぁ……」
自身の黒髪を掻きながら困ったように少年、蘇芳(すおう)悠(ゆう)はぼやく。
昨日の夜に見た天気予報では今日いっぱいは晴れる予定だったのだ。
だが、季節は夏に差し掛かる頃で天気の変わり目も早い。
「これは、雨が降るのを覚悟した方が良いかもなぁ」
また誰に言う訳でもなくため息交じりにぼやきながら傍にある折り畳み傘を鞄の中に突っ込みパン
を齧る。
――今日もまたついていないな……。
口内のパンを噛み砕きながら憂鬱な気分で牛乳を胃の中に流し込む。
それらを数回程繰り返し口に入れる物を無くなったのを確認し台所に皿とコップを置く。
ふと、時計を見やると七時に差し掛かりそうになっている。
鞄を手に取り玄関へと向かい、学校指定の革靴を履き外へ出る。
外気を肌で感じると夏に近いと言うのに肌寒さを感じる。
まるで今日だけ一気に気温が下がっているようだった。
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