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「とうとう……とうとう来てやったぜ……っ!」
優美な字体が綴られた看板を見つめ、佇む男は歓喜を噛みしめるように呟いた。
柔らかさを感じさせるよう整髪剤でセットされたアッシュベージュの髪。べっ甲色をした眼鏡フレームの奥の双眼は、日本人にしてはやや薄い色をしている。
品を損なわない程度のダメージ加工が施されたジーンズが男のお気に入りだったが、こうした場へ出向く際は黒のスラックスかベージュのチノパンと決めていた。
今日着用しているのは後者で、白いカットソーに丈の長いグレーのカーディガンを合わせている。黒いジャケットと悩んだのだが、『間違われる』と困るので止めたのだ。
つまり数日前から服装に悩むほど、この場に訪れる瞬間を心待ちにしていたのである。
「……そろそろ、いくか」
ダークブラウンのバンドに支えられた文字盤を確認し、男――南条功基(なんじょういさき)は小さく息を吸い込み、店の入口へと繋がるレンガ造りの階段を降りていく。
同じように予約時間待ちをしている他の客が居なかったのが、せめてもの救いだった。不審な目で見られるか、好奇の眼差しを向けられるか。どちらにしろ、出来れば勘弁願いたい状況である。
何故ならこの店の名は『Butler Watch』。予約を取るにも三ヶ月待ちという、絶対の人気を誇る『執事喫茶』だからだ。
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