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隆志は翌日から同じ時刻の電車に乗り合わせるようになった。
そしてなんとなく学校の話をするようになった。
来年に控えている大学受験の事、ゆかりさんが入っているというテニス部の事、
そして自分がやっていたサッカーの事。
学校に行くことよりも電車でゆかりさんに会える事が何倍も嬉しかった。
七月になり期末試験が目前となったとき、このまま夏休みに入ってしまうと
しばらく彼女と会えなくなることに気がついた。
隆志は思い切って、デートを申し込むことにした。
彼女はその日もドアの横に立って本を読んでいた。
「おはよう」
「おはようございます」
彼女はニコッと笑って、いつもように笑顔で挨拶をしてくれた。
「もうすぐ期末試験だよね」
「ええ」
「たいへんだよね」
隆志は自分でも何を言っているのかよくわかっていないが、何でもいいから「うん」と
言ってもらえるような事を口にした。
「そうね」
「試験が終わったらどうするの」
「どうって」
彼女は上目遣いで隆志の目をチラッと覗くように見た。
「予備校に行くの」
「隆志君は」
「多分。でも、少し休んでから」
そこで話がとまった。
隆志は車窓から外の風景を見た。
「アジサイが咲いているね」
「え。どこ」
ゆかりさんも窓の外に目をやった。
隆志はそのすきに映画のチケットをポケットから取り出し、右手に握り締めた。
しかし、それを渡して断られはしないか気になり、持ったまま指先でつまんで動かしていた。
彼女は隆志が何故モジモジと何をしているのかわからなかった。
不安そうな目で隆志を見た。
隆志は、思いきってその折り畳んだ映画のチケットを目の前にかざした。
「お姉さんから映画のチケットをもらったんだ。用事があって行けなくなったらしい」
そういいながら、顔はチケットに向けたまま、チラッと上目遣いで彼女を見た。
本当は自分がインターネットで買ったものだ。
ゆかりさんもそのチケットを覗きこんだ。
「なんていう映画」
「『ときめき』というタイトルなんだ」
「面白いの」
「たぶん」
といったもののネットで検索した恋愛映画だとしかわからない。
ゆかりさんの声に否定するようなニュアンスはない。
「今週の日曜日らしい」
「期末試験の後なの」
今度はゆかりさんがチラッと隆志の顔を見た。
チケットを持っている隆志の指に力が入った。
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