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「うん!」
男の子は、私の方を見て、笑顔で答えた。帽子のつばが大きくて顔がよく見えないけれど、口から白い歯が見えた瞬間、どれくらい電車が好きなのかがわかった。
男の子は、恥ずかしそうに姿勢を前に直して、気にかける程度に窓側を見ていた。
「あの、一番前、空いてるよ」
私は運転席の方を指差した。運転席の直ぐ後ろの席は誰も座っていない。
「あそこだと、よく見えるよ。運転しているところも見えるし、」
男の子は、私の指を指した方向を見つめた。
「ううん、ここでいい」
男の子は首を横に振った。
私はこの判断を不思議に思った。なんでだろう、あれだけ電車が好きそうなのに、座っている席も通路側だし、
私は、男の子の矛盾への不安があったが、子供だから、ということが不安を和らげていった。
「そうか、じゃあ、こっちにくる?」
私は自分の席を指差した。男の子に笑顔が戻った。
「うん、ありがとう」
私と男の子は席を交換した。電車は京急川崎駅を離れた。男の子は流れていく景色をひたすら見つめていた。
「お名前はなんていうの?」
「はやと、もちづきはやと」
「望月隼人君か、今何年生?」
「三年生、」
「そうなんだ、どの駅で降りるの?」
「三崎口」
「そっかー、終点まで行くんだね」
「うん、家に帰るの、」
「家が三崎口にあるんだね、ふーん」
隼人君はずっと外の景色を見ながら、私の質問に答えていた。望月か・・・
私の苗字と一緒だ、私と同じ苗字の隼人君は、私の実家と同じ、三崎口の駅に向かっていた。
「お姉さんの名前は?」
隼人君は、頭をくるりと向けて、私に聞いてきた。
「お姉さんの名前は、早苗、望月早苗、」
「もちづき、さなえ、」
隼人君は、少し恥ずかしそうに口を閉じて下を向き始めた。
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