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遺体安置室という場所は、文字通りの場所でしかないのだが、これほどまでに人種や年齢、性別の差がなく、平等に扱われる場所は珍しいのではないだろうか。人は死して、ようやく平等な扱いを受けられるということか。この病院には、昨夜の立てこもり事件の犠牲者が運び込まれ、安置室の隣にある処置室では、2人の検死官がある遺体の司法解剖に当たっていた。
「全く・・・やりきれんなあ。」
「何がです?」
年輩の検死官は、気持ちのこもっていない嘆きを発し、若い検死官は、興味なさそうに応えた。
「このご婦人さ。全身を何発も撃たれた挙句、最後はほれ。」
年輩の検死官は、遺体の額を指差した。そこには黒ずんだ小さな穴が開いていた。
「最後は額に1発ですね。でも致命傷というなら、全身に10数発も浴びてます。この時点で死んでますよ、この人。」
若い検死官はそう言って、遺体の乗ったストレッチャーを安置室へ移動させると、次の遺体を運んで来た。
「ほんとに・・・やりきれんなあ。1度に5人。一晩でだ。」
年輩の検死官は、遺体にかぶせられたシートをはがす。そこに横たえられていた遺体は、首の所が大きく損傷していた。
「何です、この傷。切られたにしては・・・」
若い検死官は青い顔をしながら、メスで傷の辺りをつつきながら言った。
「頸動脈を噛みちぎられたことによる失血死・・・というところか。見たまえ。」
「噛みちぎ・・まさか、そんな・・」
若い検死官のうろたえを無視して、年輩の検死官は、両手で傷を開いて見せた。
「見たまえ。この傷。骨まで達しとる。それに皮膚や筋組織もズタズタだ。刃物ではこんな傷はつかん。そう、凄い力でむしり取られた様な…」
若い検死官は、「うっ」と呻くと、頬を膨らませ両手で口を押さえて洗面台に駆け寄り、げえげえやり始めた。
年輩の検死官は、ため息をつきながら、遺体を調べていたが、その時、遺体の右腕がダラリとストレッチャーからぶら下がった。
「おっと・・こりゃすまん。乱暴に扱い過ぎたか。」
検死官は右腕を丁寧に戻すと、遺体にシートをかけようとした。が、今度は戻したはずの遺体の右腕が動き出し、しっかりと検死官の右腕を掴んだ。
「!??」
信じ難い光景に、年輩の検死官は声を失い、全身が硬直した。それでも若い検死官に助けを求めようとそちらを見たが、彼はまだ洗面台に向かって嘔吐の最中だった。
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