白猫とサイコロ

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……おっと、そろそろ南兵が近付いて来たみたいだ。空気の匂いが変わったのか、サザンカが手振りで皆に合図している。 「白猫。今日の任務は……わかっているな?」  サザンカが俺の方を見て、小声で尋ねた。もちろんわかっていますとも、兵長殿。今日の戦争がいつもより憂鬱なものになりそうだってことは、作戦を聞いた時からとっくに知っている。今回、一番重要なのは最前線で斬り込み隊長を務める俺と、止めを刺すサザンカだ。俺達のどちらかがしくじっただけで、作戦は失敗する。 「前と同じようにやれば良い。今日は撮影者が来ているから、できるだけ暴れて来るんだぞ」  サザンカが俺の肩を叩いて、後ろで待機している取材陣を指差す。  ふん、テレビカメラか。あれが真実を伝えるなんて、大嘘も甚だしい。今俺が人間を罵倒する台詞を吐いたところで、そこはうまくカットして放映するくせに。北側の人間は、俺達奴隷が高尚な生物である人間様のために命がけで戦っていると本気で思い込んでいるんだからいい気なもんだ。 「全隊、構え! 砲撃開始!」  サザンカが叫んで、抜き身の刀で方向を示す。いつも通り合図の大砲が鳴り響くと同時に、南兵が姿を現した。思わぬ見せ場に、取材陣が慌ててカメラのシャッターを切る。  今回は客席から飛び降りて来たか。いつもいつも、この登場の仕方を考えている奴は相当な目立ちたがりに違いない。  俺は隣にいるサイコロに素早くキスしてから、兵長よりも少し小振りな剣と自動小銃を握って地面を蹴った。  出陣。くっだらねえ戦争の撮影者ども、とくと見ていやがれ。戦う兵隊さんの姿とやらが、人間のガキを教育するのに必要なんだろう? 全く、ガキ共も気の毒に。自分達がろくに喰わせて貰えないのは俺達兵士のせいなのに、最初から戦争に反対できないように洗脳されてしまうなんて。  俺の振るった剣が南側の若い兵士の腕を掠る。大げさに上げてくれた悲鳴に、俺は心の中で拍手を送る。なかなか良い演技だ。戦争ごっこにはリアリティが必要だということを、皆良く知っている。多少なりとも血が飛び散らなければ、俺達をこき使っているつもりの人間様方は納得しない。
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